夢で見たウェーブの髪の女性
そういえば、大事なコトを話すのを忘れてました。
「私、おつき合いしている人にお別れを告げてきました」と、あの人が言ってきた何日か前のコトです。
いつもの母子寮のボランティア。
「世界を変える戦い」を続けながら、青年たちは毎週木曜日のボランティアにも通い続けていました。
その日は、たまたま、あの人が何かの用事があって家に来ていなかったので、直接母子寮で合流することになっていたのですが…
青年は、いつも通り午後5時過ぎくらいに大豆寮の子供たちが集まっている部屋へと到着します。
ガラッと引き戸を明けた瞬間、目に入ってきたのはあの人の姿でした。でも、いつもと違うんです。鎖状に丁寧に編み込んで、頭の上でさらに複雑に絡めたアイドルみたいなあの髪型ではありません。
なんと!彼女は髪を切っていたんです。それも、髪をおろしてウェーブ状にして!
その瞬間、青年は「アッ!」と声を上げて驚きました。
遠い昔、少年時代にイメージした女性の姿が走馬灯のようによみがえります。
「この場面だったんだ!!」
青年は、心の中で叫びました。
※この時に見ていた夢
あの時のイメージは、女性が髪を切ってきたから驚いたんじゃない!いや、それもあるけれど、それと同時に「この瞬間に立ち会えた自分自身の記憶と運命に驚いてた」んだ!
そう!あの夢は現実だったのです!遠い未来の出来事が、なぜだかあの時の少年の頭の中にイメージとして浮かんできて、そのまま脳裏に焼きついてしまったのでした。
このコトにより、青年は彼女との出会いをますます「運命」だと感じるようになります。それだけではなく、「現実の世界は物語と融合している」という思いをも強めていくのでした。
それは、非常に危険な行為だとも言えます。だって、「空想と現実の境界線」があいまいになってしまったら、今見ている光景が現実なのか空想なのかわかんなくなってしまうでしょ?
でも、それは同時にとんでもなく強い力になり得るんです。自分が見たイメージを「未来の世界の出来事」だと心の底から信じることで、夢を現実化することができるのだから。
この日から、青年に「新たな道」が加わります。
少年時代より夢見ていたのは「世界最高の作家になること」
でも、もしも、自分が生み出している物語が未来を予測するものであったとしたら?それって、作家ではなく、もっと別の生き方・別の職業なのでは?
たとえば、革命家とか経営者とか政治家とか、それこそ彼女が望んでいたように宗教団体の教祖とか。単なる空想の物語を生み出す者ではなく、もっと別の存在になれるのではないだろうか?
青年の心の中に、そのような思いが芽生え始めます。
そして、それは同時に「迷い」を生じさせることになりました。
なぜなら、「自分はこういう人間である!」とか「こういう人生を歩むに決まっている!」とか断言してしまえば楽でしょう?ただ、ひたすらに1本道を進み続ければいい。何の迷いもなくね。
でも、道がふたつにわかれてしまったら?まして、3つにも4つにも分岐しているとしたら?
人は選択肢が増えれば増えるほど、迷いが生じてしまう生き物なのです!
迷い、考え、悩み、苦しむ。その果てに待っているのは何?
青年に与えられていた運命。そして能力。それは、無限の選択肢を生み出すものでした。つまり、生きている間中ずっとずっと迷い続けなければならないんです。
はかり知れないほど強大な能力は、同時に誰にも解くことのできない強力な呪いとなってしまいます。
これが「ディケンズの分解メス」の能力。そして、リスク。あらゆる状況と情報を分析解析し、未来を予測し、最良の選択肢を導き出す。でも、能力が肥大化し過ぎれば、選択肢は無限に増えていき、何を選べばいいのか永久にわからなくなってしまう。
青年は、無限の可能性を持っていました。文字通り「なんにでもなれた」んです。でも、なんにでもなれるってことは、「何になればいいのかわからない」というのと同義。
分析型特殊能力「ディケンズの分解メス」が与えてくれた恩恵と呪いは、青年の残りの人生をずっとつきまとい続けることになっていくのでした…