
大人になんてなりたくなかったピーター・パン
せっかく心が近づきかけたのに、そこから先はいつもと同じでした。電話1つすることもできず、メールのやり取りばかり。
「あ!今、電話しないと!」と直感が働いた時にメールを送ると、瞬時に「今、九州の親戚の家に泊まりに来てるんですよ」という返事が飛んできました。
青年の家は、あの人が今いる地点と東京を結んだ中間地点にあったので、「じゃあ、帰りに寄っていけば?」と誘うことだってできたのに…
でも、直接話してるわけでもないし、なんだか勇気が出ずに、それすらできませんでした。
別の機会に連絡すると、あのとんでもなく忙しい人が、なんだかちょっと暇そうにしている時がありました。この時に、もう1度新幹線に乗ってスッ飛んでいけば、別の展開もあったかも知れないのに…
3日くらいしてからもう1度メールを送ると、「お友達の家に行って赤ちゃんを見せてもらったんですよ」と言っていました。
あげくの果てに、「お金がないので、なかなか東京の方へは行けない」なんて伝えてしまいます。お金の心配は一番させてはいけない人だったのに…
これでは嫌われても当然です。完全に自滅。自ら嫌われる方へ、嫌われる方へと進んでいってしまったのですから…
結果、あの人の心はどんどん離れていき、しだいに疎遠になっていきます。そうして、ついに返事さえもらえなくなりました。
*
それからどのくらいの時が過ぎたでしょうか?
1年だったか?2年だったか?
ある日、青年は、近所の図書館へと出かけていきます。吸い寄せられるように「児童図書」のコーナーに足を運び、1冊の本を手に取りました。
タイトルは「ピーター・パンの冒険」
パラパラとページをめくり、手が止まったところで本の内容を読み始めました。ネバーランドでの冒険が終わり、ウェンディたちがロンドンにある自分の家に帰っていくシーンです。
ピーター・パンは先回りし、ウェンディたちが家に入れないように、内側から部屋の窓の鍵を閉めようとします。そうすれば、みんながあきらめて、もう1度ネバーランドに帰ってきてくれると考えたからです。
でも、そうはしませんでした。自分が赤ん坊だった頃の記憶がよみがえり、乳母車に乗ったまま母親と別れたことがどんなに悲しかったか、思い出したからです。
別れぎわ、ウェンディはこう言います。
「ピーター!あなたもうちの子になりなさいよ。そうして、一緒に大人になりましょう!」
それに対して、ピーター・パンは答えます。
「や~なこった!大人になんてなりたくないよ!」
そう言って、ティンカー・ベルと一緒にネバーランドに帰っていってしまうのでした。
その後も、ピーター・パンは何度かウェンディを誘いに来て、一緒にネバーランドへ遊びに行きます。でも、時が経つにつれ、ピーターはやって来なくなってしまいました。
最後にピーター・パンがウェンディのもとを訪れたのは、それから何年もの時が経過してからでした。
その時にはすでに、ウェンディは結婚していて子供もいます。そうして、窓から入って来た少年に向かって、こう言うのです。
「ピーター。私は大人になったのよ。人の奥さんになったの…」
青年は本を読みながら、「これは、自分の物語だな…」と思いました。
それがわかって、図書館の中にもかかわらず、自然と涙が流れ出てきました。
あの人は、結婚してしまったのです。
いいなと思ったら応援しよう!
