「僕の改革 世界の改革」 第29夜(第4幕 26 ~ エピローグ)
ー26ー
それでも、僕は食い下がった。
「お願いです。僕はそのためにここまで来たんです。このままでは先に進めません。僕にはリンが必要なんです!」
「もう1度言う。運命は変えられんぞ」とシノザキ博士は断固とした口調で念を押した。
「それでも構いません!その方法を試してください」
「わかった。そこまで言うんじゃったら…」
「ありがとうございます!それで、その方法というのは?」
「この娘の意識化に入り込むのじゃ」
「意識化に?入り込む?」
「そうじゃ。このリンという娘…他の者たちとは少々状況が違うようじゃ」
「違う?どう違うんです?」
「通常…『無気力生物』と呼ばれる者たちは、最悪の状態になったとして、精神的にだけではなく物理的にも死んでしまうのじゃ。ところが、この娘はそうではない。心は死んでおっても、体はまだ生きておる。いわば『脳死』に近い状態じゃのう」
「だったら、リンの心を甦らせれば!!」
「そういうコトじゃ…」
「それなら、さっそくやってください」
「では、そこに横になりたまえ」
そう言われて、僕はリンの隣に並んで横になった。
すると、静かに音楽が流れ始めた。きっと、シノザキ博士がかけてくれたものだろう。
その曲は、どこか懐かしい感じがした。
「そうだ!これは…この曲は!昔、僕が無気力生物になりかけていた時に自分の部屋で聞き続けていた曲だ!」
そして、夢の中で流れ続けていた曲…
ー27ー
見覚えのある景色。
ここは…ここは、いつかリンと共にやってきた大学のキャンバス…
時計台の時計が3時の鐘を鳴らすのが聞こえた。
ちょうど隊長であった頃の『前の僕』が、リンと別れた時間だ。
「いけない!このままだと、今度こそリンはあの場所に向かってしまう!」
そう思った瞬間、僕は駆け出していた。リンを止めるために!
そして、僕は、前の僕と別れたばかりのリンの前に飛び出した。
「また、あなたなの!たった今、別れたばかりなのに!!」
「僕は、別の時間の僕だよ。今度こそ、本当に君を迎えに来たんだ。このままだと、君は永遠に記憶の世界を巡り続け、2度と意識を取り戻すコトはない」
「知ってるわ」
「じゃあ、どうして!?」
「私は、その先にあるものも知っているからよ」
「先にあるもの?」
「そうよ。わかったら、どいてちょうだい」
「先なんてないさ!ここで進んだら、君は永遠に戻って来ない。そこに、先なんてない!!」
「あるのよ。ただ、あなたが知らないだけで…」
「だったら、教えてよ。それがなんなのか!先にあるものって、一体なんなんだい!!」
「それは教えられない。教えられないけど、でも…」
「でも、何?」
「でも、もしかしたら、それを知る時も来るかも知れない。ただ、それを伝えるのは私じゃないわ」
「君じゃなかったら、一体、誰なんだい!?」
「それは、言えない」
ー28ー
話し合いは平行線だった。
明らかに、リンは僕の知らない『何か』を知っていた。
でも、だからと言って引くわけにはいかなかった。
そして、ついにリンが言った。
「私には、好きな人がいるの」
「好きな人…」
「あなたによく似た人よ」
「え?」
「でも、あなたよりも強く、賢く、そして何よりも厳しい人」
「厳しい…」
「最初、それはあなたかと思った。でも、違ったの。あなたは、あなた。あなたは、あの人じゃない」
「?!?」
「私は、あの人の影をあなたに見ていただけ」
「そんな…」
そのセリフを聞いた僕に、それ以上リンを引き止めることは不可能だった。
彼女は僕の横をすり抜ける瞬間、こうささやいた。
「でも、本当によく似ていたわ。なんていうか雰囲気が…」
その言葉を最後に彼女は去っていった。
4時の鐘が鳴る前に、昔の僕に会うために…
ー29ー
旺然と立ち尽くしたまま、時間だけがただ淡々と流れていった。思い出の中の世界での時間が、ただ淡々と…
遠くで、時計台の時計が4時の鐘を鳴らすのが聞こえた。
全ては終わったのだ。
もうリンは2度とは戻って来ない。
永遠に…
そして、僕は悟った。
『運命は変わらんよ』というシノザキ博士の言葉。
そう。どんなに努力したって、変えられない運命というのは存在する。途中の過程をどんなに引き延ばしたところで、最終的な結果を変えるコトなど、誰にも出来はしないのだ。
「イザナギはイザナミを救えない!オルフェウスには、永遠に最後の1歩は訪れるコトはない!必ず振り返ってしまうのだ!!」
ー30ー
「しかし、なんじゃのう…」
気がつくと、僕はシノザキ博士の部屋にいた。
「皮肉なモノじゃのう…お前さんは、大勢を救うことはできるのに、たった1人の人間を幸せにできぬとは…神は何もかもを与えてはくれぬということか。世の中はよくできとるわい」
「えっ?」と、驚いて声を上げる僕。
「人が本来持っておるものは、そう簡単には変わらん。この先、お主がどのような人生を歩もうが、たとえ何度生まれ変わろうが、それは変わらんような気がする」
「……」
「いや、なんとなくじゃがの。そう思うんじゃよ」
僕が黙っていると、シノザキ博士は続ける。
「人々を幸せに導いた上で、お前さんも幸せになれればいいんじゃがのう。ワシはそれを願っておる。心の底からな…」
僕はその言葉に対して何も言えなかった。
ーエピローグー
僕はシノザキ博士の元を去った。
その前に1つだけ頼みごとをした。リンの体を消去してくれるようにとお願いしたのだ。
永遠に心が帰って来ないコトがわかっているのならば、あのままにしておくのはかわいそうだ。
博士は快く承諾してくれた。博士としても、リンの体をこのままにしておくコトをしのびなく思っていたのだろう。
こうして、僕の中でまた1つの時代が終わった。
ここから僕は自分の幸せを捨てて走り出すことになるのだった…
~ 第4幕 完 ~
noteの世界で輝いている才能ある人たちや一生懸命努力している人たちに再分配します。