何を言うかだけではなく、どういう言い方をするかが大切
それまで空想寄りの物語ばかり書いていた青年でしたが、『僕の改革 世界の改革』を執筆したことにより、現実の世界にも興味がわくようになっていきました。
ここから先、段々と現実を舞台にした作品が増えていきます。
…とはいえ、この時点では、「新世界の創造」という分不相応な能力を身につけてしまったためにエネルギーが枯れ果ててしまいます。
それも、何年もの時間をかけてゆっくりやればよかったのですが、わずか半年やそこらの短期間で行ってしまったため、大きな代償を支払うことになります。今後数年間まともに小説を書くことができなくなってしまったのです。
というわけで、ここから先しばらくの間は、小説の執筆とは全く別の物語が展開していくことになります。
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ある時、ボランティアのメンバーで「ぶどう狩り」に行くことになりました。『あの人』も一緒です。
ぶどう園では、農家のおじさんが「甘くて美味しいぶとうの見わけ方」を丁寧に説明してくれています。
「この白い粉がいっぱいふいている方が甘くておいしいぶどうだよ」
「フムフム、なるほどな~」と青年は思いました。
ところが、あの人は何を思ったか、白い粉が全くついていない見た目のよさそうなぶどうを指さして、「こっちでいいんですかね~?」と青年に尋ねてきます。
「ええ~!?たった今、おじさんが説明してくれたじゃない!一体、何を聞いてたの?」と、青年は答えようかと思いましたが、傷つきやすい彼女のことです。そんなコトを言えば、間違いなく心が傷ついて嫌われてしまうのが目に見えていました。
きっと、彼女も普段のお仕事で疲れがたまっていてまともに話が頭に入っていなかったのでしょう。
そこで、代わりに青年はこう答えました。
「う、う~ん…まあ、いいんじゃないの?」
その会話を聞いていた農家のおじさんは怪訝そうな表情をしてこちらを眺めていましたが、何も言いませんでした。
後日、青年とあの人はふたりきりで会う機会がありました。
その時に、あの人は「この前、ぶどう狩りで持って帰ったぶとう、お母さんに食べさせてあげたら、『何、これ?酸っぱくて食べれない!』って言われちゃいました…」
青年は、心の中で「だろうな…」と思いました。
そこで、ぶどう狩りの時の顛末を説明し、「やっぱ『白い粉がたくさんついてる方にしなよ』ってハッキリ言っておけばよかったかな~?でも、そうしたら君は傷ついていただろうし。物事って、何を言うかだけではなく、どういう言い方をするかが大切だよね」と、青年は言いました。
それを聞いて、「確かに。言い方って大切ですよね」と、あの人は答えたのでした。