girl into the tower(塔の中の少女)
大きな川の側の土手に座りながら、青年とあの人はふたりでおしゃべりを続けています。
土手にはやわらかい草が一面に生えており、あの人はプチプチと草をむしっては放り投げ、むしっては放り投げを繰り返しています。
とてもかわいらしい動作ではあるのですが、青年は「飽きているのかな~?」とちょっと心配になってきました。
ここで青年に用意されていた選択肢は2つ。
1つは予定通り「結婚しよう!」と告げること。頭の中では「こっちにしろ!」という声が響いています。
もう1つは予定を変更し、何も告げずにこのまま母子寮に向かい、家庭教師のボランティアをこなすこと。そうすれば、この日の出来事は美しい思い出として残り、良い印象のまま関係を続けることができるでしょう。心の声は、こちらを推奨してきます。
ここでイノベーターとしての資質が働きます。青年はどちらも選ばず、第3の選択肢を選んだのです。ある意味で一番中途半端な選択肢を!
「好きだよ」と言ってしまったのです。「君のコト好きだよ」って。
その言葉を聞いた瞬間、彼女はポカ~ンと口をあけて驚きました。
同時に青年は「しまった!間違えた!やっぱ何も言っちゃいけなかったんだ!」と、後悔しました。
それから、あの人は何を思ったのか驚きと無表情の中間のような顔をしたまま、持っていたバッグから何かを取り出すと、「はい」と小さな声で言って青年に渡します。
見ると、ひと切れのケーキでした。それもチョコレートケーキ。
「どういう意味があるんだろう?」と不思議に思いながら、青年はそれを受け取りました。
それからサッと立ち上がると、「そろそろ時間だから、家庭教師のボランティアに行こう」と言って、彼女と共に母子寮に向かいます。
青年は内心ドキドキしながらも、いつも通り家庭教師の任務をまっとうしました。けれども、彼女の方は驚きと無表情のまま、どこか遠くを見ているような状態になり、集中できていません。
「悪いコトしちゃったかな…」と、青年は反省しましたが、もうどうしようもありません。時計の針を戻すことなどできはしないのです。
2時間ほどのボランティアを終えて、駅へと向かう帰り道。
相変わらずあの人はボ~ッとしたまま、何もしゃべってくれません。仕方がないので、青年の方から積極的に話しかけます。
確か「結婚したら、子供は何人くらい欲しい?野球チームができるくらいがいいかな?」などと冗談めかして言った記憶があります。
あの人は「心ここにあらず」といった感じで、適当にあいづちを打ちながら何かつぶやいていました。
「こりゃ、ダメだ。終わったな。もしも、彼女の方も好きだったら、喜んで『私も!』と言ってくれるはずだもの。完全に想定外のコトを言ってしまったらしい。やっぱり、何も言わないのが正解だったのだ…」と、青年は思いました。
それから、「月がきれいだね」と、青年は言いました。
頭上を見上げると、そこには「まん丸のお月様」があったからです。その日はちょうど満月だったのです。
その瞬間、青年は「アッ!」と思いました。
「ウソだろ!?」
青年の頭の中に過去の記憶が蘇ってきます。少年時代の過酷な日々。「いつか理想の女性が現れて、この人生を救ってくれるのだ」という淡い希望。そして…
少年時代より見続けていた夢。塔の中の少女。「girl into the tower」
※この時のお話
1人の少女が高い高い塔のてっぺんに閉じ込められています。
少女はその地方でも有名な貴族の命令で、決して塔から出ることを許されていません。多くの男たちが果敢に挑戦しますが、誰1人として少女を塔から助け出すことはできませんでした。
ところが、ある満月の夜、1匹の悪魔が散歩がてら空中を浮遊して塔までやって来ます。悪魔は青年の姿をしていて、軽々と塔の窓を開けると、少女を外へと連れ出してしまいました。
青年の姿をした悪魔は、少女の手を取ると塔の窓から足を踏み出します。
けれども、宙に浮く能力を持っていたおかげで地上に落下することはありません。
そのまま2人は広い広い世界へと飛び出していきました。
現実の世界が物語と一致した瞬間でした。
※今回のイラストは、夢さんに描いてもらいました。
noteの世界で輝いている才能ある人たちや一生懸命努力している人たちに再分配します。