狂気ほとばしる「鉄の軍団」
キザオ君の演出は、まさに「演出家らしい演出」でした。鬼のごとく厳しい指導で、徹底的に役者を鍛え上げるというもの!
演劇の作り方にはいろいろあります。たとえば、オーソドックスな正統派の芝居。舞台装置で観客を驚かせる仕掛け。ド派手な衣装や演技で目を引こうとするスタイル。エロやグロを売りにしたアングラ劇団。などなど…
演出によって、劇団の色が出ます。キザオ君が目指したのは「徹底的な役作りで、ゼロから役を積み上げていく方法」
「役作り」というのは、脚本を読み込み、劇の登場人物の背景を想像し、与えられた役に成り切る行為。
もちろん、役者の能力が最大限問われますが、それに加えて演出の力も必要です。演出家と役者がぶつかりあって、「実在しない人物」に「現実の人間以上のリアリティ」を与えなければなりません。
今回、お世辞にも良いとは言えない脚本であったため、キザオ君が独自の解釈を加えて、役作りを目指していきます。それに加えて、基礎訓練も行わなければいけません。集まったメンバーは素人に毛が生えた程度の人たちばかりだったからです。
ほとんどのメンバーは芝居経験がないか、ちょろっと舞台に立ったことがある程度に過ぎません。声優の学校で、「発声練習」や「簡単な演技の指導」は受けてきたでしょうが、本格的な芝居なんて初めてに近かったのです。
ちなみに、立ち上げた劇団の団員は、このようなものでした。
劇団員メンバー
主宰:青年
演出家:キザオ君
演出助手:保野君
主演:加山君
ヒロイン:根ヶ谷さん
俳優:大木君
女優:亀山さん
女優:美嘉ちゃん
以前にも説明した通り、「主宰」というのがプロデューサーの役割で、「演出家」が監督です。演出家は、演劇の内容全般の総指揮権を持っています。演出補助は、助監督といったところでしょうか。
主演は加山君という好青年に決まりました。加山君は、別の舞台でそこそこの役を与えられたことのある演劇経験者だったからです。
逆にヒロインに抜擢された根ヶ谷さんという女性は、舞台の経験はありません。ゼロから鍛え上げなければなりませんでした。メインキャラクターである「マッチ売りの少女」を演じるので、とても重要な役柄です。
キザオ君の指導は、ほんとに厳しいものでした。
「オラ~!なにやってんだ!声出てねぇぞ!腹から声出せ!」
「基本がなってねぇんだよ!基本が!」
「ダメだ!ダメだ!そんなコトで役者やっていけると思ってんのか?お前、役から降りるか?」
…などと怒号が飛び交います。
そのたびに劇団員たちは、「はッ!すみませんッ!」「もう1度、ご指導お願いします!」などと声を出し、キザオ君の指導に素直に従っています。
その光景は、セミナー講師のシノハラさんが泊りがけの合宿セミナーで見せた姿を彷彿とさせました。
内心、青年は「演劇って厳しいものなんだな。でも、短期間で上達するにはこのくらいの厳しさも必要かもな…」などと思っていました。
あの事件が起きるまでは…
*
ある日。いつものように舞台の練習が行われていました。「練習」というよりも「訓練」といった方が近いかもしれません。あるいは「特訓」?
その特訓中に事件は起きました。青年がふと目を離している隙に、演技指導に熱の入ったキザオ君が、亀山さんの顔面を殴ってしまったのです。
鉄拳制裁!
亀山さんというのは、あのメンバー募集雑誌の広告に応募してきてくれた背の低い女性です。おそらく、演技力がキザオ君の基準に及ばず、つい力が入ってしまったのでしょう。
運の悪いコトに、キザオ君の拳は亀山さんの顔面にモロにヒットし、前歯が折れてしまいました。流血騒ぎです。
「ああ、これは終わったな…」と青年は思いました。
ところが、前歯を折られた当の亀山さんは「ご指導ありがとうございますッ!」などと感謝の言葉を述べているのです。
目の前で繰り広げられている光景に、青年は唖然としました。
「演劇というのは、なんと奇妙な世界なのだろうか…」と驚くやら、あきれるやら、感心するやら。
結果的に青年が演劇の世界にのめり込むことがなかったのは、この時の出来事があったからかもしれません。「さすがに、これはついていけないな…」と思ったのでしょう。
…とはいえ、今回の公演だけはなんとしても成功させねばなりません!青年の持つ特殊能力「マスター・オブ・ザ・ゲーム」は、ありとあらゆる条件を排除して任務を完遂する能力なのですから。
それに、一番の当事者である亀山さんが「問題なし!」と言っているのです。旗揚げ公演は続行です。
それでも、心の底に不信感は残り続けました。
当時、青年はキザオ君とこのような会話を交わしたことがありました。
青年「君のやり方は厳し過ぎるよ。まるで鉄の軍団だ」
キザオ君「そう!僕が作りたいのはね。まさに『鉄』のような人間関係なんだ。鋼のように強固な絆!上に立つ者の命令は絶対!その代わり、上に立つ者は下の者を庇護し、能力を引き出してやらなければならない」
青年「やれやれ。ついていけないな。鉄でなく「水」は目指せないのかな?水のように流動的な関係。全ての人が等しい高さ。それでいて密接に絡み合い協力し合う。そんな関係」
キザオ君「無理だね。僕が目指すのは『絶対的な王者!人々の頂点に立つ者!』なんだ!」
「この関係は長くは続かない。誰かが誰かの上に立つ。そういう組織作りもあるのだろう。そこに利点があるのもわかる。でも、目指している理想があまりにも違い過ぎる…」と青年は思いました。
こうして、青年は「水のような関係」を目指すようになっていきます。全てがフラットであり、そこに高さは存在しない。人類は皆平等。その上で個々に能力を伸ばし、必要ならば協力し合う。そのような関係です。
「1人1人が能力を極め、必要に応じて協力し合う!そこに高さは存在しない」
この考え方は、やがて青年の人生における「人間関係の極意」のようなものへと変わっていくことになります。