明日天気になーれ。
ボロボロな靴を、さらにボロボロにした。
貧乏だった我が家は靴を買うのさえ一苦労だった。それに加え、目を離した隙に筍か何かのようにぐんぐん成長する子供より、父の臓腑を浸すアルコールや、脳を揺さぶるギャンブルの方が優先順位が高かった。それを与えておけばしばらくはあの大怪獣は大人しいと判断したのだろう。実際その通りだった。流石に、底に穴が開いたり中敷きが剥げたり、つま先と踵がみちみちになると母が新しい靴を買ってくれた。まだ子供だった自分は蝶々結びができなかったのでマジックテープの靴に大変お世話になった。可愛らしいピンクか白の靴だったように思う。それを履いて、ランドセルを背負って学校への道をえんやこらと歩いていた。そして泥だらけにして穴が開くほど履き潰して、また新しい靴を履いて、サイズの合わないそれをパカパカ鳴らした。
近所に住む友人たちと「明日天気になーれ」と声を揃えて、靴を飛ばした。簡単な天気占いだったが、自分は何回も「これは何の天気?」と友人に結果を聞いた。靴が表ならば晴れ、横を向いたら曇り、裏返ったら雨。懇切丁寧に説明してくれた友人のおかげで、道の端から端まで靴を飛ばせるようになった頃には「また雨やん!」と笑えるようになっていた。その頃には明日の天気ではなく、誰がどれだけ遠くに靴を飛ばせるかの遊びに代わっていたが、一応、天気は占っていた。明日の快晴を願っていた。
占いの結果は当たり前のように外れたし、当たり前のように当たった。何度も占ったので誰が占いを当てたのかはもはや意味をなさなかった。
ボロボロな靴をさらにボロボロにした。もちろん親にはバレなかった。元からボロボロだったのだから、目敏い人たちではなかったのも功を奏して自分は占いに明け暮れた。
明日の快晴を、願っていた。
その日はとても綺麗な夕焼けだった。炎のようにキラキラとしていた。部屋に差し込むオレンジ色を眺めながら、明日の天気を考えていた。頭が痛かった。早く終わればいいと願っていた。
ある日、毛糸を引っ張り出してきて足首に巻きつけた。友人のお姉さんが紐スニーカーを見せてくれたので自分も履きたくなり蝶々結びを練習をしようと思ったのだ。しかし、どれだけ考えてもあの可愛らしい蝶々が生み出せず、自分は困り果てた末に母に尋ねた。するとすぐに足首に蝶々が止まった。母は「こうやる」と、一言だけ残して家事をするために部屋の中に戻っていった。自分はおっかなびっくり蝶々を毛糸に戻して、小さな頭を捻って捻って、何度も練習した。不恰好な蝶々を生み出せたのは、日が沈み始めて、あたりがオレンジ色になった頃だった。とても綺麗な夕焼けだった。早く明日になってくれないかと願っていた。
小学生も半ばを過ぎた頃、母に買ってもらった新しい靴は紐スニーカーだった。成長し、足も大きくなっていた自分にはぴったりだった。パカパカ鳴ることはなかったので、静かな登下校だった。
いつものように、天気占いをしようと靴を飛ばそうとして、その難しさに気づいた。友人たちは簡単に明日を占っていた。明日の天気を、占っていた。自分にはそれができなかった。靴紐を解いていると、隣で友人の可愛らしい靴が空を舞った。軽やかなそれは「晴れ」を予言し、また別の友人は「曇りのち晴れ」。少し遅れて、自分は「雨」だった。
ボロボロの靴を、さらにボロボロにした。
明日は晴れであってほしいと、ずっと願っていた。荒れ狂う大怪獣とヒステリックな嵐が過ぎ去るのを、耐えていた。将来が虹色でないことを知っていた。そんなもの、自分の人生では見られないことを理解していた。母のではない、星空のようなピンクラメが父の服に煌めいていても、それでも明日は晴れであってほしいと、祈っていた。雷のようにバラバラと、大好きなキャラクターのマグカップが割れる。雨のようにボロボロと、涙が止まらない。それでも声を、警報を鳴らせば真っ暗な夜に放り出されてしまうものだから、自分は雲のように柔らかな羽毛布団にくるまっていた。眠ったふりをしながら、明日の天気が晴れであることを願っていた。
天気を占ったところで、結局は気まぐれに空模様は変わっていく。にわか雨のように突然泣きだした母が子供の命を奪おうと考えたのも、気まぐれだった。雪のように冷たい手のひらできょうだいが自分を打ち続けてそれが止まるのも、気まぐれだった。霧のように姿を消した父が、蜃気楼のように悪夢の中に現れるのも、気まぐれだった。
明日の天気が、快晴であってほしかった。
晴れならば、家族みんなでピクニックにいける。海を見に行って泳いで、遊べる。晴れならば、花を植え替えて庭をおめかしできる。
晴れならば、きっと明日も綺麗な夕焼けが見られる。明日も生きていたい、理由ができる。
まだ見ぬ、綺麗な夕焼けを見ることが自分の生きる理由だった。オレンジ色に染まった部屋で、引き攣った頬を撫でてくれたのは夕焼けだけだった。
紐が、よくなかったのだろうか。蝶々結びを学んだのが、よくなかったのだろうか。すぐに簡単に脱げるような靴ならば、雨に好かれた自分でもいつかは「晴れ」を出せたのだろうか。虹の端から端まで飛べるような軽い靴なら茹だったアスファルトで足裏を熟すことも、なかったのだろうか。
簡単に脱げない靴を脱ぎ捨てて裸足で逃げ出した時、自分は何をしたかったのだろうか。行先なんてわからないまま、明日の天気もわからないまま、自分は何を願っていたのだろうか。
明日の天気なんて、どうだってよかった。明日、家族が晴れやかな笑顔でいてくれていればそれだけでよかった。この世界がどれだけ大怪獣に襲われて、嵐に乱され、流星群が轟き、雷に穿たれ、雪に凍てつき、霧に惑わされても、それだけでよかった。
あなたたちの笑顔だけが、自分の願いだった。
願っていた。ずっと。
明日も、その先も。ずっとずっと。
あなたたちがよろこんでくれる世界を、願っていた。
おしまい。