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ものくるる人

確か吉田兼好の『徒然草』に「ものくるる人」という話があったように記憶する。要は世の中に様々なタイプの人々が存在する中で、ものをよくくれる人が一番ありがたいという、なんとも現金な話なのだが、自分が現金な性格だとは思いたくないが、自分にもそのような「ものくるる」友がいる。

「ものくるる友」Sとは10年ぐらい前に自分が韓国でアドテクの会社で働いていた時に知り合った。Sは当時GAFAMの韓国子会社で働いていて、その後、起業したり転職したりを繰り返しながら、今はGAFAMの元の鞘に収まっている。長い付き合いだが、仲が良くなったのはここ7、8年ぐらいかな。東京ゲームショウで出張に来たついでに韓国の業界の友人7、8人と一緒に週末にドライブに行ったりして、正確には覚えていないがその頃ぐらいから「俺、お前」で話し始めた気がする。

Sが何をくれたのかというと、2回も仕事をくれたのだ。それも苦しい時に。2020年のコロナ禍の初期の頃、タイミング悪く会社で請け負っていた仕事がなくなってしまい、リモート環境で営業にも行けない状況で半ばヤケクソになっていた時だった。そう言う状況だったので、無駄かもと思いつつも、仕事と直接繋がらなさそうでもとりあえずいろいろな人とオンラインで会ってミーティングをしたりしていた。

そんな中、SとZoom会議をした。Sは当時韓国のeスポーツ関連のメディアを運営する会社に転職してそこで事業戦略担当の本部長をしていた。Sの勤めるメディアでは新しいサービスの企画や準備中の新規事業、eスポート関連のビジネスなど興味深いサービスやプロジェクトが多かった。こちらは改めて会社の紹介をするぐらいだったが、先方のビジネスの話を聞くだけでもとても興味深かったり勉強になる内容が多かった。ミーティングでお互いが協力できることや仕事に繋がるような話は一切出なかったが、先方も時間的に余裕があったのか、定期的にオンラインで情報交換をしようという話になり、実際にその後2か月に1度ぐらいの頻度で情報交換もした。

コロナ禍で我が社にアクティブな案件はほぼなくなり、秋には「万事休す」かというタイミングでなんとかビジネスパートナー(共同創業者)と協力して起死回生の大型案件を獲得することができた。なんとか首が回るようになったのだが、1案件だけなので不安で仕方がない。そんな中、Sから連絡があり、会社が日本進出を検討しているので、日本での可能性について市場調査も含めて我々にコンサルティングを要請したいという話だった。要件とto doを整理して見積を提出、その後何度かメールで内容の調整をして、ほどなく発注をもらった。

この時はパートナーがこの案件のリサーチやインタビュー含め、ほとんどの仕事をしてくれたので、自分は資料を韓国語にまとめ直すぐらいで楽をさせてもらったのだが、それでも提出直前にだらだらと韓国ドラマを観ながらほぼ徹夜、翌日の午後に残りを仕上げてレポートを提出したのが思い出だ。この時ネットフリックスで『被告人』を見始めたら続きが気になって結局仕事は9割ほど仕上げた後、朝4時ぐらいまでドラマを見続け、仮眠後の翌日全部のレポートを仕上げた後に残りを全部見た。全26話の長いドラマを1泊2日で見てしまった。

話が逸れてしまったが、この案件は無事納品でき、支払いも滞りなく済んだ。

その後しばらくして、Sは金融系のスタートアップに転職した。2021年の秋にコロナ禍にも関わらず無理やり韓国出張に行くプロジェクトがあり、自分はこの時以降、長期での韓国出張を頻繁に敢行してるのだが、Sとは再会し、コロナ禍以降韓国での頻繁に会う飲み友達になった。

Sの転職先の金融系スタートアップでは自社のテクノロジーを使って韓国のクレジットカードユーザーの消費動向を把握しており、有望そうに見えたが、ほどなく2022年になって転職した。コロナ禍で、中年でそれなりのポジションで転職するSの能力に敬服した。Sはプレゼン資料も上手に作り、羨ましく思っていた。それもSの能力なのだろう。

新たに転職したF社も金融系でそれなりの規模のある会社だった。金融系らしく会社もソウルで金融機関が集中している漢江(ハンガン)の中洲の汝矣島(ヨイド)にあった。その会社がITのスタートアップを買収したとのことで、ある日その子会社の日本進出のことで私に相談したいとSから連絡を受けた。ゲームと広告以外はそれほど得意領域ではないがとにかく話だけは聞くことにした。Sは担当者である子会社の営業責任者(取締役)のHを繋いでくれて、Hと打ち合わせをする。正直あまり期待はしていなかったのだが、その後しばらくしてこの会社から短期のコンサルティングの仕事を引き受けることになった。Sから二度目の仕事をもらったのだ。

この話にはオチがあって、契約締結後、次に訪韓したときだったか、ソウル市内で横断歩道を渡っているときにSからカカオトークの音声通話が掛かってきた。開口一番「ミアネ(ごめん)、俺仕事辞めちゃってさぁ」。おお、辞めたのか。転々々のSだがさすがにこの時は少し驚いた。F社と我々が契約した状態で辞めたことを申し訳なく思っているようだった。「問題ないよ!転職先でまた仕事くれ!」と半分冗談で返した。申し訳なく思うことなんてない。既に感謝しきれないぐらいなのだから。こうしてSは古巣のGAFAMに戻ったのだった。親方GAFAMだし、年齢もあるのかその後は転職していない。

Sが去ったF社との短期コンサルティングにおいて我々はミッションを達成したのだが、F社の新たな日本のパートナーとのコミュニケーションの問題などがあったため、金額は下げたがその後1年以上もF社との契約は続いたのだった。安定収入の一角だった。

Sとはその後も訪韓の度に会っているので、1、2か月に1回ぐらいのペースで会っているが、弱小スタートアップの我々を心配してくれてかその後も日本進出を検討している韓国の会社を紹介してくれたりした。

友にもいろいろある。Sのような友に会うと有り難いと思うと同時に我が身を反省する。自分はSに何かできただろうか。あるいは自分も誰かにとってSのような「ものくるる友」であったりするのだろうか、などなど。いずれにしてもこのような友を得るというのは人生における幸せであるということを実感せざるを得ない。

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