1st 天空の落としもの シーン1
推奨楽曲
DJ Krush
《Anticipation》
収録アルバム
《Meiso》
2220年8月10日
巨大な紺色の惑星。
地球。
宇宙からカメラが東アジアの方面に降りていく。
時間は夜中。深い紺色の表面にたくさんの白色光が輝く。
東アジアの端っこに細長い列島が見えてくる。
そこは
『日ノ本列島』
この列島には三つの国がある。
◯南の南西諸島にあるゾンビの国
『ウチナー』
◯列島の西半分を支配する武の怪と呼ばれる覚醒ゾンビと、自分たちをジザイと呼ぶ禍悪好たちの国
『天西』
◯列島の東半分と巨大道を支配するゾンビの国
『東日ノ本』
列島に暮らす者は皆コミュニケーション能力が若干低くて、恥ずかしがり屋で、内気で、引っ込み思案な人々ばかりではあったが〈日ノ本語〉という共通に使用できる言語、そこからやってくる同じ または近似する文化を共有しながら、三つの国はそれなりに貿易、人の流入・交流を繰り返し平和に共存している。
黒いセダンのホバータクシーが、高速道路のトンネルの中を走っている。
後部座席に中年の男。
上は薄黄色の半袖のポロシャツ、下は茶色の革のベルトがまかれたグレーのタックパンツを履いている。
中年太りさえしていなければ、ハンサムに見えなくもない。そんな男の顔がトンネルのオレンジ色の光によって、チカチカと断続的に照らされる。
ぽっちゃりした顔は青白く光る〈空中ディスプレイ〉を見つめていた。
手元から数センチ先の空間に浮かんだ空中ディスプレイには、今日の天気、ニュース、株価、有名人のゴシップなどが、画面のあちこちに表示されている。
両手の指がディスプレイをなでていると
「オンナのコ 入りま〜す♪」
と、ディスプレイの上部にメッセージが表示される。
男はニヤニヤとほくそ笑む。
カメラが列島に伸びる光の線……北、東、西、南に途切れることなく続く文明の光を映す。
ひときわ大きな光の集合体が西側にある。
東側には、それより少し小さくて……恐竜の足跡のような光のカタマリがあった。
カメラは そこに向かって降りていく。
日ノ本列島の東側
『蛮東』
そこに消えることのないメガシティの光が広がる。
近くまでよると白色光というよりは、ダイヤモンドとパールが入り混じったような表現しづらい色の光だ。
これこそ地上の星。
メガシティの名は
『腐京』
『東日ノ本』の首都にして日ノ本列島 "有数"の都市。
人口4771万人。
周辺を含めた都市圏全体の人口は1億2400万人。
ニューヨーク、ボストン、ロンドン、シンガポール、香港、台北、ソウル、"大阪"と比べれば目立たない都市だが、一応 世界有数の都市の一つだ。
カメラは、その目立たない都市 腐京に向かってゆっくり降りていく。
中年男のディスプレイに写真が送られてくる。
ちょっとブラウンがかったボブカットとオルチャンメイクが魅力的な若い女性と中年男と同い年ぐらいの4人の男たちがグラスを片手にピースサインをしている。
写真には様々な料理がならぶテーブルが写り、どうやらパーティの最中らしい。
写真には
「早く来ないと先に喰べちゃうよ」
とメッセージがくっついている。
「あともうちょい。つーか、一人だけ?」
と送り返す。
すぐに返信が来て
「メシもあるんだから、一人で充分じゃね?」
「OK」
と送り返してから、男は流れていくトンネルの光を横目に見つつ運転手に
「運転手さん、あとどれくらいで着く?」
「もう少しで『甘谷(※1)』の料金所なんで、あと20〜25分ですかね……」
運転手は両手をハンドルから離した状態で、空中ディスプレイを見ている。
空中ディスプレイが表示する地図にはタクシーが進むコースが示され、それを男に教えた。
※1 甘谷
私たちの世界では渋谷と呼ばれている場所。
ちなみに『甘谷』は新しい名前で、元は『荒魔谷』と呼ばれていた。
カメラが腐京にそびえ立つ巨大な電波塔および その他もろもろを突っ込んだ『腐京 バベルの樹』を映す。
淡い緑の光がほんのりと光る巨大な樹。
……に見せかけた巨大なメタボリズム建築『バベルの樹』
幹の役割を果たす四つの柱のコアが大樹の真ん中を貫き、そのまわりに葉っぱや枝のように伸びた層構造のモジュールが頂点に向かって円錐の形でキレイに積み重なっている。
(なんというか身もふたもないが、レゴのパーツ「松の木」に形が似ている……)
怪しさよりも仰々しさを感じさせる巨人は、今日も静かに輝きながら腐京を見下ろしている。
カメラはそこから南西に向かって飛んでいく。
ヘリコプターかドローンで撮影しているような空撮。
カメラが都市の光の数々、ダイヤモンド、パール、コハクのような輝きをとらえる。
その中にオレンジの光をおびた赤い鉄塔がきらめく。
鉄塔の名は『腐京タワー』
『バベルの樹』と並ぶ腐京のランドマークの一つであり、一度の放棄、三度の破壊を乗り越え再建され続けた不屈の鉄塔である。
『腐京タワー』の光は冷たく温かい。
銀とコハク色に輝く鉄塔は非常に艶やかだ。
カメラは腐京タワーを通り越して、西の方向……『萎本木(※2)』に向かって飛んでいく。
※2 萎本木
私たちの世界では六本木と呼ばれている場所。
カメラがズームしていくと、ズームした先に先程の黒いセダンのホバータクシーが走っている。
道路にはトラックやミニバン、コンパクトカーといったホバーカーの群れが進行方向に向かって流れ、赤信号によって動きを抑え止まってを繰り返す。
ホバーカーから発せられる白と赤のライトのきらめきと点滅が、無機質な呼吸を表し、道路をミニマルなサバンナへと変える。
ホバータクシーは、コンクリート製の飾り気のないビルの手前で止まった。
中年男がビルの中へ入ると、通路の奥に『la base secrète』という……なんだか子供じみた名前のレストランがあった。
男が店員に2〜3話しかけると、奥に通されていく。
レストランの中は外側からは判別できないほど入り組んでおり、全ての席が大小の個室になっている。
部屋の入り口周りは薄青色、むらさき、茶色がかったオレンジ色と部屋ごとに違い、男は奥の方にある薄緑色の部屋に案内された。
店員は男を部屋の前に案内すると、サッとその場から去っていく。
男は店員が完全に見えなくなってから、部屋の中に入った。
入ると薄暗い通路で、2メートル先にもう一つの扉が 薄いオレンジ色の電灯に照らされ男を待っている。
男が部屋の中に入ると……"食事"がすでに始まっていた。
男たちがソファに転がった肉のかたまりをムサボリ喰っている。
料理の皿と酒が入ったグラスが並ぶテーブルには女の首が一つ……横倒しで置かれている。
ボブカットの女の首はホホが一部 喰いちぎられ、口内の歯ぐきが露出していた。
「おい〜、先に喰うなよ。お前ら」
「遅いよ、もうちょい早く来いって」
口元が血まみれで、赤黒いシミがついたガラシャツをはだけた男が振り返って、男に軽口を叩き……
"女"だったもの、その一部をブチリと引きちぎって男に放り投げる。
中年男がつかんだモノは真っ白な細い腕。
引きちぎった箇所から、折れた骨と赤い血肉が見える。
男はそれを、フライドチキンのようにムチュリと喰べ始めた。
読者の皆様……ようこそ
コレが〈ゾンビ〉たちの都
『腐京』の日常 でございます。
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