美味しい三伏、怖い三伏
三伏盛夏の候、東京の最高気温は連日40℃近い予報です。しかし、ネットで「三伏」を検索すると旨そうな中華料理がいっぱい出てくるので、お昼はついまた、お気に入りのラーメンを食べてしまいました。いっそう暑いです。
今年の三伏は7月15日から40日間。7月15日~24日が「初伏」、「中伏」は7月25日~8月13日、「末伏」が8月14日~23日です。(※決め方は、夏至(6/21)後3回目の庚の日から10日間が初伏、4回目の庚から10日間または20日間が中伏、立秋(8/7)後最初の庚から10日間が末伏だそうです。)
さて、「三伏」で検索すると、韓国では参鶏湯を食べるとか、上海ではヤギを食べるとか、いろいろ出てきますが、中国の北のほうでは俗に「頭伏餃子二伏麺、三伏烙餅攤鶏蛋」というようです。中国のアナウンサーの発音を聞くと、「トウフージャオズアルフーミェン、サンフールオビンタンジーダン」と調子よく、覚えやすそうな決まり文句です。
意味は、頭伏(初伏)は餃子を食べ、二伏(中伏)は麺を食べ、三伏(末伏)には烙餅(小麦粉生地を円形に薄くのばして焼いた薄いパンケーキのようなもの)と卵焼き(を烙餅に巻いたり、中に入れたりして)を食べるということ。
「小麦を食べる」点にも意味があるようですが、滋養食的な面は、土用の丑の日に鰻を食べる日本の習慣に似ています。中医学における「冬病夏治」、また、当座の夏バテ予防といったところでしょうか。
実際、気温データを見ると、三伏は一年のうちで最も暑い時期です。
中国語のサイトで見かける「是時三伏天、天気熱如湯」は、白居易(772~846、唐)の『竹窗(窓)』という詩の一部だそうで。「お湯のような暑さ」とのこと。
もっとすごいのが、道元禅師(1200~1253)の正師・如浄禅師(1163~1228、南宋)のある日の説法に、「六月連三伏。人間似焔爐。且道。如何是衲僧行履処」(『如浄和尚語録巻上』)という出だしがあります。
書き下すと「六月、三伏連なり、人間、炎炉に似る。且く道え、如何なるか是れ衲僧行履の処」で、意味は「六月は三伏が連なって、世間はまるで燃えさかる炉のようである。では、破れ衣をまとって修行に励む禅僧の日常一切の行状が体現するところとは、いったい何であろう」、と読めるでしょうか。
何月何日の説法かはわかりませんが、如浄禅師以下、皆さんものすごく暑かったのだろうと思います。
しかし、この「伏日」というもの、古代はちょっと涼しい(怖くて)日であったかもしれません。
『後漢書』和帝紀第4永元6年(西暦94)6月巳酉に「六月己酉、初令伏閉尽日」と書かれています。そして、李賢がこれに加えた注が、「漢官旧儀曰、伏日万鬼行、故尽日閉、不干他事」というもの。「『漢官旧儀(漢旧儀)』によれば、伏日は「万鬼行」があるから、終日門を閉め、家の外には出ず何もしないでいる」という意味です。
また、日干支は「己酉」の翌日が「庚戌」ですから、「万鬼行」のある伏日の前日に伏閉を指示したということになります。
「万鬼行」とは何か。その具体的イメージが気になって、ときどき思い出しては調べていますが、今のところよくわかりません。日本の「百鬼夜行」とは違うはずです。
しかし、伏日に仕事を休ませるのは当時の実質的な休暇制度の一つだったようですから、休日として、休養する、滋養をつける、そして病気にならないようにするといった目的があったものと推察すると、この「万鬼」(たくさんの鬼)は、人の健康にかかわる存在かもしれません。つまり、病をもたらす何か、疫、疫鬼のたぐいです。
だとすれば、滋養食を食べるという現代の習慣に、本質的なところは通じていそうです。古代中国の人も、何か滋養食を食べたでしょうか。
と、書いていたら、久しぶりに鰻が食べたくなってきました。考えてみれば、今年は一度も食べていません。しかし去年も、食べたかどうだか、記憶がございません。