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父は家族で唯一、“不思議な体験”をする人だった。私にとっては、“本当にあった怖い話”を体験者その人の口から聞いた最初の人であった。思うに父は、怪談奇譚の類には本来まるで興味のない人だが、それなのに不思議な体験をするのだから、なおのこと興味深いと私は思っていた。 とはいえ話のほとんどは“定型的”で、例えばそれは、出張先の宿で夜ふと目を覚ますと部屋の隅に軍服の男性が立っていたとか、子どもがいたとか、そういうものだ。しかも生の体験談であるだけに、どの話にもこれといったオチはない。
宿泊者以外は客室へ立ち入るべからず――。 先々週泊まった関西のビジネスホテルは、それをエレベーター内に割と大きめに張り出していた。駅前飲み屋街の真ん中という立地であるし、ときどき問題を起こされるのだろうと推察したが、この掲示を読んで、以前別のホテルで経験した奇妙な出来事を思い出した。 “コロナ禍”前の春、仕事で長野県に行ったときのこと。駅から少し離れた国道沿いのビジネスホテルに宿をとった。移動は車だったから、駅前でなくてかまわないし、宿泊費をできるだけ抑えたかった。ホテル