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【イギリス見聞録】山のない国でアルプスの少女はどこへ向かう

イングランド南西部にある都市ブリストルを起点に、ちょこちょこと訪れたイギリスの街や村について、私見と偏見まみれの記録です。

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イギリスは日本よりもチーズが安い。しかも種類がたくさんある。スーパーのチーズコーナーには様々な形状のチーズがズラリと並び、パッケージにはMATUREだのMAILDだのMIDIUMだのと書かれている。なぜか頭文字がだいたいM。あとなんか数字が書いてあったりもする。きっととろけ具合が違うんだろうなあ、と思いつつ、いまだに何がどう違うのかはよくわからない。

そんなチーズ音痴でもその名を知っているのが、チェダーチーズだ。チェダーというのはイングランドにある村の名前で、実はブリストルの近くに存在している。

世界的な知名度を誇るチェダーチーズは、イングランドの片隅にある小さな村で生まれた。村の名前が一躍チーズの代名詞になった理由、それは洞窟にある。チーズを発酵させるため寝かせておくのに最適な場所が、この村にあるのだそうだ。南国のフルーツはひたすら暑い南の国が一番生育に適しているように、チーズはじめじめとした暗い穴の中が一番お気に入りの場所らしい。ピザやらなんやらの上でキラッキラの「おいしそう」オーラを放っているチーズたちは、実はド田舎出身の根暗くんだったわけだ。

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この村ではチーズを作っている洞窟の見学もできる。しかし今回目指すのは地の底ではなく、崖の上だ。

チェダーにはCheddar Gorge(チェダーゴージ)という峡谷がある。そこに山がないイングランドでは珍しい、切り立った崖の狭間をくねくねと潜り抜けていくワインディングロードがある。うーん、バイク乗りの血が騒ぐぜ。

両側に迫りくる岩壁の間をすり抜けていく。ごつごつとした岩棚が高くそびえるその景色は、今まで私が見てきた日本の山道とはどこか違う感じがした。

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この険しい岩壁に、よく見るとヤギの群れがいた。野生のヤギがすました顔で絶壁をうろうろしている。そういえば少し前、逃げ出したヤギが線路脇の傾斜に住みついたという日本のニュースを見た。彼らは斜めになってないと落ち着かないのだろうか。チーズは洞窟で、ヤギは崖で育つ。みんな自分にとって一番快適な場所で生きてるんだな。

車を降りて、崖の上まで登ってみる。見た目ほど険しいこともなく、木立の間を軽く登り、ほどなくして頂上に到着。そこには目をみはるほど美しい景色が広がっていた。

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夕方の沈みゆく太陽の光が、辺り一面を優しく照らしている。一本だけ立っている木は、常に吹きつける風の影響か不思議な形をしていた。ひどい寝ぐせみたいだ。その向こうに見える不自然にまん丸い池が、やけに目をひく。人工のため池だろうか。木々が生い茂る日本の山とは違って、低木がまばらに生えているだけなので、視界を遮られない。麓の町や緑の大地がすぐそこに広がっているのがよく見えた。

崖のギリギリ端っこまで近寄ってみると、さっきのワインディングロードがはるか下に見えた。標高でいえば足元にも及ばないほど低いはずなのに、なぜかアルプスみたいな山脈を登ったような気になる。怖くないフリをして下を覗き込んでみたが、足が微かに震える。体がこれ以上は危険だ、と言っているようだ。本能がまだ正しく機能している。

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そこにはヤギもいた。彼らはこの高さが怖くないのだろうか。ハイジと名乗っているので、ヤギには並々ならぬ親近感を持っている。崖の上で飄々と生きるヤギたちは思いの外かっこよかった。

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景色とヤギを楽しんで、登ってきたのとは反対側に向かって降りる。道の途中に展望台もあったが、時間が遅かったので閉まっていた。長い長い階段をひたすら降りると、車道に戻ってきた。車に戻るために崖の下を歩いたが、下から見上げる峡谷もかっこいい。ところどころ割れ目があって洞窟がぱっくりと口を開けている。どんな世界が広がっているのだろうかと思いながら覗いてみるが、真っ暗でよく見えない。ヤギには見えたりするのだろうか。

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チーズで有名な村にアルプスみたいな峡谷があり、そこにはヤギがたくさん住んでるなんて、偽物のハイジにはぴったしの場所じゃないかと、書いていて気がついた。なんだか縁を感じる。次はチーズ作りの見学もしてみたい。

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