【記事和訳】161104 Heize 釜慶大学インタビュー
かなりまえの記事ですが...ヘイズのラッパーを目指すときの覚悟が詳しく語られている頃の記事を訳していきたいと思います。
文中にて大学に在学中(2016年11月当時)と書かれていますがそうなると卒業せずにソウルに来たのか?休学中?首席なのに単位を取り残しているのか?←といった疑問がわき上がってきますね。いずれ検証したいと思います。
"2010年度入学チャンダヘ先輩、ヘイズとの出会い!"
すでにご存じの方もいらっしゃいますが、
実はラッパーHeize様は、プギョン大学経営学部に在学中の2010年入学、チャンダヘ先輩で、プギョン大学生です!
そんなことから、私たちはチャンダヘ先輩とお会いする機会を
以前から狙っていました。
それではその出会いの様子を一緒に振り返ってみましょうか!
Q.自己紹介をお願いします。
Heize(以下A).こんにちは! 私は経営学部、経営学専攻2010年度入学者(気軽に先祖様*と呼んでください)
チャンダヘイズです。^^
先祖様…入学年度が古いこと、大学に何年も居る人のこと。アンモナイトといったりもする。
Q.学校を通いながらどのようにラッパーの夢を目指すようになりましたか。
A.高校時代から一人で歌詞書いて曲作るのが趣味でしたが、'歌手'という職業は本当に他の世界の人たちの話と思ってたし、私もその'歌手'になれるとは想像すらできませんでした。
なので学校に通いながら歌手の夢を育てるのはおろか、自分の中にいた夢を押さえていたといえばいいでしょうか、そんな感じでした。
しかし、その潜在していた夢を目指すことになったきっかけがありました! (それはまた後で…)
Q.、ラップをとてもやりたくて、本当に一生懸命勉強して父を説得したとインタビューを見ました!
MBCで放映した'私一人で住んでいる'で単位の評点4.5点を公開されましたが
首席になるため、どのような努力があったのか、自分だけの勉強のコツがあったんですか?
A.それまで勉強を一生懸命していなかったので勉強する方法も知らなくて、ただがむしゃらに本と格闘していました。
授業時間は本当に一生懸命聞いたし、一生懸命書き写したし、私が見やすいように熱心に整理しました。
私が見やすく整理をするためには、確かな自分なりのやり方を探らなければならないと思います。
参考に、私はいつもA4用紙を半分に折り、左の一番上にChapterとタイトルを大きく書きました。
そしてchapter別に重要なキーワードをすべて整理しました。 そうすると一科目当たりA4用紙5-6枚ずつになります。
試験前の一週間は、すべての科目をそのように整理して試験前日や当日には私がまとめたものだけ見ました。
あ、そして私は試験期間一週間前から徹夜をしていました。
普段から本気を出していると文字を見ることさえ飽きて心身が疲れてしまい、結局最後に気が抜けてしまいそうなので、いつもは一生懸命授業を聞くことにだけ集中し、最後に本気をだすようにしました。
それが果たしていいのか、お勧めの方法なのかは分かりません。
でも、私はこの自分だけの方法で二学期中ずっと4.5点をもらいましたハファハハッヘテヘデヘッデヘッ^^
そして健康を失いました...
Q.もしラッパーになることができなかったなら、現在どんな仕事をしていると思いますか。
A.好きなのは"音楽"だ、ということは明確でしたが、それが私がやりたいことなのか、できることなのかはわからないまま、学校はみんなが通うものだから通い、大学を卒業すれば当然就職しなければならないという無意識の中のルールに合わせて就職の準備を行っていたり、どこかに就職して職場生活をしたと思います。
夢をみつける前まではこれといってしたいことがなかった学生だったので、
条件に合うような職場を選ぶ程度だと思います。とくに想像できる職業はないですね...
Q.安定的な職業と両親の期待のために自分の夢を諦める生徒にひとこと!
A.「両親が反対しているのにやってもいいのかな。」「私はちゃんとやっていけるだろうか?」「もしやってみてだめだったらどうする?」
「ああなったらどうしよう、これはどうしよう?」「こんな事情もあるし」
といった多くの疑問と悩みにさいなまれて、空しく歳月だけ送っているなら、ちょっと残忍かも知れませんが私は、
"そのまま諦めてください"と申し上げたいです。
本当に切実にこれじゃないとできないような確信があり、死ぬほどしたいなら、そんな悩める時間にも夢を叶えるため、方法を探して努力をするものです。そして最も重要なのは、どのような状況にも言い訳と言い訳を見つけることをしないようにしましょう。
私は「歌手にならないと」という決心をしてから、1年間の休学をさせてもらうために反対する父を説得させなければならず、その方法はただ首席になることしかなかったので、他のことは考えず、ひたすら首席のためにだけ勉強しました。
首席になった後、ソウルに一人で上京した際は、家族に反抗して家をでたのに頼りたくなかったので、一日三つのバイトをして、本当に心身が満身創痍になるくらいバイトをこなしながら音楽作業を平行しました。
私が選択した道なのに弱い姿を決して見せたくない、その選択に責任を負ってたい、、必ず結果で示してみたかったんです。
その過程を馬鹿らしいと思う人もいるかもしれませんが、私はそんなひとつの夢だけのために狂ったように前だけを見て、死に物狂いで走ったのでここまで来ることができたと確信しているので、その必死で過ごした数年間に後悔はありません。
私が本当に伝えたい言葉は、確信があれば挑戦してほしい、ということです。
そして自ら後悔しないように最善を尽くして努力してください。
他人には分からなくても、自分自身の中で確信を持つことはできると思います。自分ができるすべてのことに最善を尽くしたか、それとも休んで休んで来たのか...
自分自身に堂々といられるほど、努力すれことできっといい結果を得られるだろうと私は確信しています。 そして心から応援します!
Q.では、次に先輩の学校生活の話しをお聞きします!
大学生活の中で一番記憶に残る教授はいらっしゃいますか?
A.多くの良い教授たちがいるのですが、特に経営学部ソンドクヒョン教授、キムチャンワン教授、キムヨンチョ教授のお三方がいつも私の夢を応援して下さった方たちなのでに特にいつも感謝しています。
さきほど私が夢を目指すきっかけがあるといいましたが、それがまさに今私が"父"と呼ぶソンドクヒョン教授の統計学の講義時間でした。
私はいつも一番後ろの席に座って、授業は聞いたり聞かなかったり他に考え事をしたり、ひとりで歌詞を書いたりしていましたが、
事件発生のその日!私が歌詞を書いていたことが見つかってしまったんです。 先生は講義が終わると研究室に来いとおっしゃって...私と私の友達みんなで緊急事態だと思いました。
"おい、お前はもう終わりだ... お前今に追い出されるよ…"
なので本当に心の準備と散々魂をさしだず覚悟をして研究室に行ったら、
教授は笑って、私に「さっき何をしてたの?」と聞きました。
私は「歌詞を書いていました。」と答え、教授は「自分がしたいのがそれ?」ともう一度聞いてくれました。
私はその時までもこれが私がやりたいことか何か知らなかったため、
「ただの趣味です。 一人で曲を作って歌うのが面白くて...」といって答えを濁しました。
その際、教授様がまるで仏のような笑みを浮かべておっしゃってくれました。
「それではそれをしなさい。 学校はあなたの意志さえあれば、高齢になっても通うことができる。しかし、今君がしたい仕事は今でなければ、後に挑戦するのは難しいだろう」
先生のその話を聞いて、私はああこれをしなければならない、歌手になりたいと決心しました。
その後、休学するまで学校を通っている間にも、そして休学を許されてソウルに上京して一人で過ごしながら音楽作業をしている間にも、ソンドクヒョン先生はいつも私を心配して下さって応援してくれました。
今ヘイズが存在するきっかけはソンドクヒョン教授だと思っており、教授は私がいつも感謝して尊敬し、愛する人です。
(p.sお父さん、もしこれを見ていたら、ありがとうございます。尊敬します.愛してます❤️)
Q.大学時代から今まで一人で暮らしながらどんな点が最も大変でしたか。 また、良かったことはありますか?
A.どうしても一人で暮らしながらご飯を食べていくことが一番辛かったみたいです。
しかし、数年間めちゃくちゃな食習慣で過ごした経験者として、皆さん必ず朝、昼、夕飯召し上がってください!
その当時は気づかなかったのですが、時間が経つにつれ健康と体力が弱まって、本当にたくさん苦労しました。
反面、一人で住むことになったらどうしても一人だけの時間を持つことができる機会が多くなったので、その時間をうまく活用して自分について思索するきっかけになったようです。
Q.プギョン大学に特別な思い出はありますか。
A.私は学校に通ってキャンパスライフのロマンを実現させられたと思います。
特に芝生は、季節ごとに本当に違った魅力があり好きです。
芝生の傍を通り、講義を受けに歩いていく道、そして芝生を過ぎて校舎に行く道。それが学校生活の中の小さな楽しみでした。
皆さんも毎日通る道だと思いますが、そのまま通り過ぎるのではなく、その風景を満喫してくださると嬉しいですね。
Q.7月中旬に発売したAnd Julyのアルバム何回も聞いています。次のアルバム活動計画がいつなのか、後輩たちに向けてこっそり教えてもらえますか。
A.皆さんにだけこっそり教えますと(本当に今まで世の中に公開されていない事実!!!)11月に私の新曲が発表される予定です。
今回私が直接作詞作曲した私の話なのでいっぱい聞いてください❤へへへ
Q.ヘイズを本当に好きなプギョン大学同期、後輩たちに一言お願いします!
A.本当に本当にいつも会いたくて一緒に過ごしたいプギョン大学同期、後輩の皆さん達!
二度と帰って来ない本当に美しい今この瞬間をありのままに受け入れて、楽しんでいただきたいと思います。
要は、遊ぶときはちゃんと遊んで、勉強する時は熱心に勉強できたらいいですね。
そして皆の望む夢を叶えることは、私がいつも応援しています。
Q.いつのまにか最後の質問です。 ヘイズにとってプギョン大学とは?
A.プギョン大学に通ったことで、人生の重要な時期にソンドクヒョン教授様みたいないい方をお会いできて、、
私の夢を実現できるようになったので私にとってプギョン大学は今の'ヘイズ'が存在できるようにしてくれた、感謝すべき場所だと言っても過言ではありませんね。
大好きですプギョン大学❤
インタビューが終わった後、私たちと個人写真も撮って雰囲気はとっても和気あいあい!
本当に性格がとてもサバサバしていて.. これをガールズクラッシュというんでしょうか?
(私が惚れたのは秘密)
私たちにあげられるのははこれしかないといってくださった
ククダースとAND JULYサインCD!!
本当に光栄でした。
漠然とした夢に挑戦するというのが簡単ではないのに、
このように錦を飾った先輩がこの学校にはいらっしゃいます。
実際に多くの在学生の方も自分の進路についてたくさん悩んでいるでしょう、
チャンダヘ先輩の言葉のように夢に対する確信があれば
挑戦する姿勢。 必ず忘れないでください!
To.在学生
http://blog.naver.com/pknunarae/220853430923
To.受験生
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出典:
http://blog.naver.com/pknunarae/220853430923