"ガーデン" から勝手にKAZEFILMS
ガーデン という楽曲
初めは洋風のお庭のイメージだったけれど 風さんが着物を着ていらっしゃったことをきっかけに 思いついた物語を綴ってみました
私と奥さんと小さなお庭のおはなし
*自由なイメージで創造してみました
昭和な雰囲気のお話。
こんな物語もあるかもね
くらいに思って
読んでいただけたら幸いです。
蝉の声が遠くの方で聞こえる。
あぁ、雲が高い。もうじき雨がやって来るだろうか。
「綺麗だよ。」
今年も綺麗に咲いた。
庭の花々は嬉しそうに、風に身を任せて揺れている。頬に伝う汗を拭いながら、木陰の下で目を細めた。
「二郎さん」
そう呼ばれた気がした。
「陽花…」
花のような人だった。笑うと陽の光が花々をふわりと包み込むように周りが暖かくなる。そんなあの人に私は恋をした。
本屋の単行本のコーナーで、探している本が見つからず困っていたところに、彼女が声をかけてくれた。その事がきっかけで、彼女も本好きだということを知った。
アルバイトが休みの日は、学校が終わると本屋に向かった。彼女の姿が見当たらない日は、もうそろそろだろうかと立ち読みしながら待っていたものだから、私の目の前でハタキをわざとらしく大袈裟に振る店主に、たしなめるように咳払いされたものだ。
試験前でも彼女と一緒に図書館で勉強をするなど、彼女と過ごす時間は日に日に多くなっていった。
学校を卒業してからは、私は学生時代にアルバイトをしていた出版社にひいきにしてもらっていたので、そのまま就職することになり、両親ともに特に反対されることも無くすんなりと結婚まで進んだ。
一緒に暮らす家に、彼女は小さな庭がほしいと言った。私は手入れが大変そうだという理由で一度反対したが、彼女の強い希望で庭のある古民家を借りることにした。
彼女は毎日欠かさずに庭に出て、花々に話しかけていた。私は植物のことはめっきり解らなかったため、休日には、陽花が楽しそうに庭仕事をしている様子を縁側から眺めていた。時々、力仕事が必要になった時は手伝うこともあったが、自ら花を手入れすることはなかった。どうしてあの頃、一緒に花の世話をしなかったのだろうか。
「二郎さんも、いかがですか?」
「あぁ…」
ふわりと笑う彼女の笑顔に一瞬心を奪われ、差し出された手をとるように、頷きながら腰を上げた。
鳥の鳴き声が、虚ろな瞼を開かせた。
誰もいない方向へさし出した手を、静かに下ろす。
「夢……か。」
段々と意識がハッキリする。
何とも、もの悲しい。
彼女が亡くなって間も無く塞ぎ込むようになった私は、だんだんと職場に足を運ぶことができなくなった。会社は、私がいつでも戻ってきていいようにと、席をそのままにしておいてくれている。申し訳ないと思いながらも、人と会うと吐き気を催すようになっていた私は、その好意に甘えてしまっていた。家の中にいて、ただただ時間だけが過ぎる日々を送り、時々、何かに縋るような気持ちで小説を書き殴っては綺麗事でまとめようとする結末に嫌気がさし、怒りに任せて原稿を破り捨てる行為を繰り返していた。
しばしば食事も忘れるようになり衰弱していた私は、偶然目にした「自然に触れるのが良い」という新聞の健康コラムに書いてあった記事を読んで、なんとかせねばという思いから少しづつ庭の手入れをするようになった。少しづつだが、彼女が世話をしていた頃のように季節の花々に満たされた庭に近づいてきた。こんな風に世話ができるのも、彼女が小さなノートに残してくれていたメモのおかげだ。かわいらしい文字で細かなことまで丁寧に書かれている。
「すまなかった。」
花々の手入れをしていると「何をされてるんですか」と言って、ふっと彼女が微笑んでくれるような気がする。
「どうして…」
どうして私を置いて逝ってしまったんだ。僕は君を守れなかった。彼女の変化に気づいてあげられなかった。もっと話をしていれば… もっと寄り添ってあげられていたなら…
後悔ばかりが渦を巻いて、暴れ回る波に飲み込まれ溺れそうになる。
君に会いたい。会って話がしたい。たわいのない会話でいい。
君の居る場所へ、今すぐにでも、ゆきたいとさえ…
日が暮れ、いつものように潰れた布団の中に潜り込み、ぼんやりと夢を見た。陽花の夢だ。時々こうして夢に出てきて、あの頃のように 優しい笑顔でほほえんでくれる。
「私を連れて行ってくれないか。」
「一人は、寂しい。」
幼い子供のように抱えきれない気持ちが、口からほろほろとこぼれだす。陽花は少し困ったような笑顔を向けて、静かに二郎を抱きとめた。
二郎は、安堵と寂しさで顔を濡らしながら陽花に身を委ねた。暖かく優しい手のぬくもりを、背中に感じた気がした。
重い瞼をゆっくりと開ける。
瞳におさまり切らなかった涙がつっとこぼれ落ちた。
外はもう、ほんのり白んでいる。
「陽花…」
そう呼んですぐに、庭に咲く花々のことが気にかかった。
私が死んでしまったら、この庭は…
「コトン」
咄嗟に本棚の方を振り返る。棚の上に置いていた写真立てが、またバランスを崩して倒れてしまったのだろうか。
どうもそれが気になり、身体を起こしてゆっくりと本棚に近づいた。
おや、こんな本前からあっだろうかと、目に付いた冊子をなんとなく手に取り、ハラハラとページをめくってみた。
足元に何かが触れた。
本に挟み込まれていた封筒が落ちたのだろう。
「これは…」
手紙だった。
写真も添えてある。
それが誰からの手紙かわかった瞬間に、胸から、うわっと体温が上がってくるのを感じた。
体よりも気持ちが急いてしまい、つま先を床に引っ掛けながらも、明かりを求めて縁側へ飛び出た。辺りは静寂に包まれているのに、耳元ではうるさいくらいにとても大きな音がしていた。感情に圧迫されて酸素が取り込めなくなっている肺に、無理やり空気を送り込み、綴られた文字を拾いあげる。
背中が震えている。と、頭のどこかが感じとった。
「無理だ…」
私は
「すまない。」
やはり私は君に会いたい。
「置いていかないでくれ。」
「ひとりに、 しないでくれ… 」
その時風が強く吹いた。手紙と一緒に封筒から出した写真が風に攫われて舞い上がった。
写真…いや、花
……押し花
あの時の栞だ…
結婚記念日にふたりでつくった…
見上げた先のピントが揺れ、透き通るような淡い青の中で何かが解けてゆく。
「あぁ… あぁ… 」
視線が、庭の花々へゆっくりと落とされた。
言葉にならない感情が、目頭をじわじわとあたためてゆく。
わからない。無理かもしれない。
それでも、確かなことは、
陽花との大切な日々はここにある。この庭に。
陽花を感じることのできるこの庭を、この場所を、
私は守ってゆきたい。守らなければならない。
彼女の願いを叶えるためにも。
「いつも傍にいてくれてたんだな。」
陽花はここにいる。私とともに。
守り続けるこれからも。
朝日が庭の花々に色彩を灯しはじめ
私は穏やかに、ゆっくりと目を閉じ、微笑んだ。
肌に滲んだ汗を拭うように そっと頬を撫でてゆく
心地のよい風を感じていた。
最後までお付き合いいただき
ありがとうございました🍀