"やば。" から勝手にKAZEFILMS
やば。 という楽曲を久々に聴いた日
ふっと降りてきたイメージを綴ってみました
夢と理想を追いかける 女の子のおはなし
*自由なイメージで創造してみました
やば。の始まりに聴こえるノイズ音も
何だか映画が始まる雰囲気?
こんな物語もあるかもね
くらいに思って
読んでいただけたら幸いです。
午前4時、知世はキャリーバッグを引きずりながら、体温を奪おうと手を伸ばしてくる空気をかき分けるように、駅までの道を歩いた。
息を吸う度、ツンと鼻先が痛む。
だんだんと寒さで感覚がなくなってゆく指先には、有名なファッションモデルが多数所属している事務所の連絡先と、東京行きの航空チケットが握られていた。
「忘れよう。」
そう呟いて、地面を蹴る足に力を込める。
鍵は置いてきた、ペアで買ったマグカップも、歯ブラシも…
ヒロはカメラマンで、知世が地方イベントのモデルに採用され、参加したとき知り合った。
「知世なら、素敵なモデルになれるよ」
出会った頃そう言ってくれた。
ヒロの撮る写真からは強さを感じるのに、どこか切なくて懐かしい匂いがする。
知世はヒロの写真が好きだった。
『知世は一目置かれる有名モデルになって、ヒロはすご腕のプロカメラマンになる』 そんなことをお互いに夢みながら、いくつかの季節を共にすごした。
しあわせな日々を送りながら、夢を追いかけ切磋琢磨してゆく最強のパートナー …になれると、信じていたのに。
「お前はいいよな」
ヒロに東京行きの事を告げた日に言われた言葉が、記憶とともによみがえる。
何ていってるの?
はじめ、言葉の意味が理解できなかった。
「なに…それ」
それが夢への切符を手に入れた彼女に言うセリフ?
出逢った頃から、ヒロに撮りたいと言ってもらえるような素敵なモデルになりたくて、ずっとがんばってきたのに。
ヒロは、いつからか写真をあまり撮らなくなった。ヒロがカメラを手にすることが少なくなってからも、知世はヒロにカメラを向けてもらいたくて、その一心で努力した。
憧れのモデルになれば、ヒロもまた撮りたいと思ってくれるはず…カメラを手にしてくれるはず…
そんな想いに 気づいてほしかったし、夢を叶えて彼に認めてもらいたかった。
どうして?
どうして前みたいにカメラを手に取らないの?
ファインダー越しにあなたが見る私はどんな顔?
あの日夢みながら笑ってた日々は 幻だったの?
溢れ出す 聞きたいこと、聞きたかったこと、
でも、聞けなかった。
本当のことを知るのが怖かった。
ありもしないことさえ疑ってしまう自分がいやになった。
そんな時、東京の事務所から声がかかった。
ずっと憧れてきた夢のような話。胸の高まりが吐息にのって、小さく震えていた。
とにかく、ヒロに伝えよう、そう思った。すべての事が良い方向に動いてゆくような気がしていた。その時までは。
こういう時ほど期待してはいけないと、これまで何度も何度も、思い知ってきたはずなのに。
踏みしめているはずのつま先は、かじかんでうまく力が入らない。
…もういいんだ。季節がすぎてゆく度に、ヒロとの心の距離が大きくなっているような気はしていた。
もう、絵空事を呟くのはやめよう
今掴んだチャンスにすべてをかけるんだ
どこまでも どこまでも
自分を信じて進むしかない
輝く未来が待つ方へ
--── ヒロが深夜のバイトから帰ると、いつもほんのり眠たそうな笑顔で迎えてくれる知世の姿はなかった。
「さようなら」
そう残された文字だけが、お行儀よくテーブルの上に並んでいた。
あたりまえだと思っていた日常が儚く消えてゆく光景を、以前にも見た覚えがある。
幼すぎてよく覚えていないが、この感覚はあの日、母の声がきこえなくなった時によく似ている。
あたりまえなんてない、思い知ってたはずなのに。
バイトから帰って知世の作ってくれたご飯を食べ、眠りにつきながら知世の背中を見送る……
夢を追いかけるふりをして、現実から目を背けて、ただ知世に甘えて。
その繰り返し。このままでもいい、いつまでもこんな日々が続いてゆけば…なんて安い夢を見て。
俺はまた繰り返すのか?あの日と同じことを
「何やってんだよ…俺は… 」
両手を広げて覆い被さってくる不安を、力任せに掴んだドアノブで押し退けるようにして振り払い、駆け出した。
吐き残された言葉を受け止めるかのように、アパートのドアが重く、音を立てて閉まった。
電車が来るアナウンスが ホームに響いた。
知世はキャリーバッグの取っ手に手をかけてベンチから立ち上がり、電車が見えてくるであろう方角に浮かぶ木々の隙間をぼんやりとみつめた…
「知世っっっ!!」
その声の主が嫌でもわかってしまい、心臓が跳ね上がる。
息も絶え絶えに、よろめきながら近寄ってくるその顔に、幼き日、迷子になって母親を見つけた時の自分が重なった。
「お前のこと、なんにもわかってなかった。
自分のことばかり考えて、知世を傷つけて、それに気が付かなくて。
バカだよな…バカなんだよ。失ってから気がつくなんて。」
客足のない駅のホームに、ヒロの声だけがコンクリに反響している。
さっきまで切なげな声で鳴いていた鳥はどこへ行ったのだろう。
「最低だな俺。
撮影の依頼が減って仕事もうまくいかなくなって。でも知世はどんどん評価されて行くし…
正直、羨ましかった。眩しかった。
自分がちっぽけに思えたし、ここにいていいんだろうかって悩んで…悩んでるフリして、
俺はもう、いいかなって…」
「うるさい!」
胸を突いて思いがけず飛び出した言葉に自分でも驚き、思わず目線を周囲に向けた。うまく呼吸が整わない。
「聞きたく…ない…。
喜んでくれると思ってた。一緒にがんばろうって言ってくれたあの日からずっと、信じてたのに…
私ばかり本気にして真面目に頑張って。
無理だよもう………疲れたよ。」
「ごめん………。
ごめん。許してもらえるなんて思ってない…けど。でも、これだけは、言わせて。
もしそばに居られるなら、もう絶対に知世の想いを裏切るようなことはしない。したくない。知世のそばで、知世のことを…夢を応援したい。
俺は知世と一緒に夢を見たいんだって…上手くいかなくて、どうしたらいいかわからなくなって、見えなくなってたけど、いま目が覚めたんだ。一人で苦しかったよな。……バカでごめん。
『知世は最高のモデルになって、俺はそんな知世を最強に撮るカメラマンになる』っての
もう一度一緒に、夢を追いかけさせてくれないか。」
「なんで。
なんであんな言葉。傷ついた。
無かったことになんか、できないんだから。
絶対に… 許さない。」
発車を告げる笛の音がした。
ゴトンと扉を閉じた始発の電車は、いつものように無人のまま駅を後にした。
ホームに残されたおぼろげな2つの影は、ゆっくりとその色を濃くしてゆく。
「許せるわけ……ない。どんな気持ちでこれまで私ががんばってきたか、わからないでしょ……
じゃないとあんなこと…
あぁ…腹が立つ!
私は、誰もが憧れるモデルになる。
夢を諦めようとしたこと、後悔させてやる。
私は夢を叶えてやったよって、見返してやるから!」
「だから………
だから夢を叶える私のこと、ちゃんと、見ててよ!
一番近くで。私のそばで……
その目で……
見ててよ… 」
怒りで熱を帯びた頬に、すっとあたたかい一筋の涙が流れた。
言葉にならない思いが震えとともにこぼれ落ちそうになり、思わず唇を噛み締めた。
もぅ… もぅ……
忘れようとしたのに…
許せるはずないのに…
屋根から差し込んできた朝の光が、2人の足元を静かに包み込んでいた。
もう少しだけ、信じていてもいいだろうか。
安堵と自分の意思の弱さに、ため息をひとつついた。
最後までお付き合いいただき
ありがとうございました🍀