第3悔 『賢人の言葉』
演説を終え颯爽ときびすを返し引き揚げるエンリケ後悔皇子をよそに、大観衆の盛り上がりは最高潮に達しようとしていた。
若者たちが興奮を抑え切れずにお互いを殴り合った。戦勝記念広場に集まった五万の人は、嵐で荒れ狂う海のように入り乱れた。
その最前列にいたフェルディナンドとクリストフはしかし、冷静に腕組みをし佇んでいた。
「妙な話だぜ! “後悔”することを奨励するだって? クリストフ、お前がオレにどうしても見せたかったものがこれかよ」
フェルディナンドがあざ笑うかのようにクリストフを挑発したが、彼は熱くなる事なく返した。
「フフ、そうかい? 面白そうじゃないか! 事前に僕が聞いていた情報では、海を越えた国々では今や“後悔”が大流行しているそうだ。僕はこの話、乗ってみるつもりだぞ!」
やはり、そう来たか! とフェルディナンドは心の中で独り言ちた。
クリストフは自分と違って何に対しても興味津々な男である。それでなければ若くしてこの国一のデザイナーになどなれるハズはない。
だが、彼の興味は飽くまでファッションなのだろうという事も感じていた。人類の革新とか進歩などは本当はどうでも良いに違い無かった。
一国の皇子がわざわざ宣言し奨励した事が話題にならない訳がない。
だからこそ彼は話に乗ろうというのだろう。
そんな彼に悪感情を抱く事こそないフェルディナンドではあるが、今回の話はどうも妙すぎる、と思っていた。
――大体、何故、後悔する事が人類の革新に繋がるというのだ!
当然、その思いはフェルディナンド以外の多くの人にも有ったようで記念広場の大観衆は次第に興奮が冷め平静を取り戻し始めた。
その雰囲気を感じ取ってか、エンリケが去ったあとの舞台上にひとり残り観衆の反応を窺っていたトスカネリが演説台に歩を進めた。
「おい! トスカネリ様だ! 静かにしろ!!」
“盲目の賢人”としてエンリケ後悔皇子よりもカリスマ性を発揮する彼が演説台に立っただけで、民衆は水を打ったように静かになった。
人々は最初から彼の言葉を求めていたのかも知れない。
「私は盲目だが……ここにいるリゴッドの民から少なからずの疑念を感じ取る事ぐらいは出来る」
決して張り上げたわけではなかったが、不思議とその声は記念広場の最後方まで届き、大観衆を何だか申し分けない気分にさせた。
「だが、リゴッドの民よ! 案ずる事はない!! 諸君らの先頭に立ち、偉大なる人物が三日後、ルーム神殿で大いなる後悔を果たす事が決まっている!!」
今度は一転、大声で大観衆の心を巧みに鷲掴みにしたトスカネリが、手招きをしながら、その“偉大なる人物”を呼び込んだ!
「改めて紹介する必要もなかろうが、しよう! 先の大戦の“救国の英雄”! 『ブリザード・エリク』こと、エリクソン・シンバルディだ!!」
エリクソン・シンバルディ!!
先の大戦で弱冠二十歳にしてリゴッドを窮地から救った正真正銘の英雄!
現在は元老院の一人に名を連ねる大人物だ。
大観衆は一気に蜂の巣をつついたような騒ぎとなった!
呆気にとられるフェルディナンドの横で、クリストフが先を越された焦燥感を露に唇を噛み締めていた。
第3悔 『賢人の言葉』 おわり。:*+゜゜+*:.。.*:+☆
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