誰しも一度は、こころを燃やした経験があるだろう。
何かに夢中になり、没頭した経験。
また、こころを燃やし続けられなかった経験も。
わたしは、高校の時にバスケ部に所属していた。
県内ベスト4レベルの学校で、そこそこの強さだった。
入部してからというもの、先輩は厳しく、練習もキツく、学業との両立など到底不可能だった。段々と部活以外のことができなくなっていくわたしを見て、担任から部活を変えてはどうかと言われたが、バスケをしたくて選んだ高校だったし、何よりもこころが燃えていたので、バスケを続けることを選んだ。
周りから見てどれだけ大変でも、こころを燃やしている時は、それしか見えないものだ。
2年生になると自分たちよりも上手な後輩が入ってきて、それに伴い同学年の部員との関係がこじれ、こころの炎は小さくなっていった。その他にも母親との関係や友人関係、体調不良など色々なことが重なり、あんなに夢中だったバスケにこころを燃やすことができなくなった。
こころの炎に蓋をするように、周囲の反対を押し切って部活を辞めた。それからは、何にもこころが燃やせない日々が続いた。
ただ部活を辞めただけなのに、自分の中ではかなりのコンプレックスになった。頑張りきれなかった、バスケから逃げた自分を直視できず、卒業後も10年近くバスケに触れることができなかった。
大人になってから、たまたまバスケの大会運営に関わる機会があった。
その時、「バスケが好き」という、高校の時には声を大にして言えなかった、心の奥に隠してしまった気持ちが湧き出して溢れた。消えかけていたこころの炎が少し燃え始めた。
その後にバスケの審判をする機会があり、その体験がこころが大炎上させた。審判が楽しい。何よりもバスケが楽しい。もっと笛を吹きたい。上手くなりたい。またこころを燃やしたい。こころを燃やす場所が見つかった。
高校生の頃にはなんだか恥ずかしくて、一生懸命になれなかったバスケに、大人になった今、一生懸命取り組んでいる。
こころを燃やせるものは、人生の軸となり、自分を支える大きな柱になる。
毎日同じような生活を変えたい、生活に刺激が欲しい、人生をもっとよくしたいと思っている人は、「こころが燃える」体験を探してみてはどうだろうか。
こころ燃やすものが、あなたの人生に火をつけ、人生を変えてしまうかもしれない。
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