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宮下愛と天王寺璃奈と「友達」(虹ヶ咲1期6話感想)

 QU4RTZ 1st現地参加にあたって鑑賞し直した虹ヶ咲1期6話「笑顔のカタチ(⸝⸝>▿<⸝⸝)」の構成について、今更気がつくことがあったので記事に起こしてみる。したがって、多くの人にとっては当たり前田のUなお話かもしれない。
 ポケモンSVの感想記事を読んでくださった方は「またこいつ友達の話してるよ」とお思いかもしれません。ですけどまあ、またお付き合い願います(言い訳は何もない)。

友達とは

 友達とはなんだろう。多分誰にもわからないことだし、一般的に「今から私たちは友達だ」という明確な線引きもない。それは「友達になろう」と言って合意の上で結ばれる関係ではなく、だいたいは自然に成るものだ。
 ……というのを、1期6話「笑顔のカタチ(⸝⸝>▿<⸝⸝)」に見たのである。

 当話でまず印象的なのは、宮下愛のコミュニケーション能力と「友達」観だ。以下に冒頭、初めて顔を合わせた愛と璃奈とのやりとりを引用する。

愛「あっ ジョイポリの割引券じゃん! ここって楽しいよね!」
璃奈「お友達と行って下さい」
愛「じゃあ、一緒に行こっか!」

 「お友達と行ってください」に「じゃあ、一緒に行こっか!」と返しているわけだから、愛にとってもう璃奈は友達である、という言外の意味が含まれている。なかなかできることではない。
 そんな愛とは対照的に、1st曲「ドキピポ☆エモーション」になぞらえた冒頭モノローグで、璃奈は以下のように語っている。

「思いを伝えることって難しい。『友達になりたい』、そんなひとことを言うのにもハードルがある」

 このときの璃奈にとって、友達とは「友達になりたい」と伝えることで成る関係なのだ、という認識であることがわかる。

 OP後、璃奈・愛・歩夢・侑の4人で行ったジョイポリで、浅葱たちクラスメートと遭遇する場面の一節も引用しておく。

侑「友達?」
璃奈「クラスメート」

 いくらか言葉を交わしただけの関係である璃奈を「友達」とした愛と、「友達」を敢えて訂正し「クラスメート」とする璃奈。たいへんな対比である(まあこれは愛さんが特殊過ぎるだけで、浅葱ちゃんたちもこの時点では「友達」だとは思ってないはずですが、愛に救われた璃奈の、その後の「友達」観に関わる箇所なので引用しておきます)。

 そんなこんなでいろいろあって(雑な省略)「表情を隠していれば(ボードで置き換えれば)つながれる」と知った璃奈は、璃奈ちゃんボードを手描きして、ついに思いを伝えることに成功する。「友達になりたい」の一言にこだわるふしがあった璃奈だが、6話で浅葱たちに伝えた言葉はどうだっただろうか。

色葉「いっぱい感想言いたいんだけど、お昼とか一緒にどうかな?」
璃奈「うん、一緒に食べたい!

 その後親友と呼べるくらいの間柄まで親しくなる3人と、はっきり双方向に思いがつながった瞬間の言葉が「友達になりたい」ではなく「うん、一緒に食べたい!」だったのは、やはり璃奈にとっての「友達」観の変化を象徴している(いく)のだと思う。このやりとりの後で「友達になりたい」なんて言い出すはずないしね。
 友達ってこういうものなんだ、こうしてできるんだ、ということを少しずつ掴んでいくなかできっと、同好会メンバーがすでにみんな友達であることに気が付いたり、しずくについて悩むかすみに声をかけたり、のちに加入するミアに璃奈なりのアプローチをかけていったりしたのだろう。

 というわけで、愛さんとの出会いからいろいろが動き出し、愛さんに近づくように「友達」観のアップデートをした璃奈のお話でした。

りなあいはいいぞ。


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