人類とウイルスとの戦いは〝宿主〟をめぐる リバーシ(オセロ)戦である。
ヒトの命とは一体誰のものであり、誰が、誰のために守るのべきものなのか。このウイルスとの戦いには、人間が当たり前のように、自分のものだと思っている、このヒト肉体は、一体誰のものなのかという壮大な命題が包摂されている。
ウイルスとの戦いは、世界がグローバリズムを言い出したときから、世界には輪郭がなくなり、世界中にウイルスが拡散している。多くの政治家の発想は、昔の国家間戦争のドグマから抜け出すことができず、今、政府によるチェスの話をすること自体、もともと出発点でずれている。
世界ではすでにウイルス戦のゲームのフェイズは、チェス戦から、感染により駒の色を変えていく、リバーシ(オセロ)戦に移行している。いつまでも、政府が大将となって、感染クラスタを追跡するチェスの発想で戦うこと自体、すでに出発点でゲームを取り違えている。
チェスの駒は、その役割に応じてコードに沿った動きをするが、これに対してリバーシ(オセロ)の石には戦線もコードもなく、戦略如何によって、いかなる地点にも出現しうる。
ワクチンも抗体も治療薬もないーこのリバース(オセロ)戦において、重要なのは徹底的に角(隅)をとることである。「角」さえ取れば、突発的に権力状況を劇的に変化させることが出来る。
「角」(隅)とは「検査」、「数理」、「テロ」、「食」という4つのプロトコルのことである。
パラドキシカルに言えば、コロナウイルスがこれらの角(隅)を取り、新たな宿主をクラスターにするという時に、「政権」を大将に据えて、チェスの発想で戦うこと自体、すでに出発点でずれている。
この国の戦いの誤りは、この国の政府や官僚は、検査を抑制することで、目の前の駒をたくさんひっくり返そうとしてしまった。だが、リバーシ(オセロ)では、目先の石をたくさん返すことに目を奪われると、逆に敗北へと追い込んでしまうことになるのである。リバーシ(オセロ)戦で勝つための序盤の戦い方は、終盤までは「石をたくさん返さない」が基本である。そして、何よりも角(隅)を徹底的に制圧することである。
この国では、このリバーシ(オセロ)戦において、この100日間、検査体制の拡充も、政策決定の数理モデルも、自粛に従わないテロ対策も、ワクチン抗体が出来るまでの免疫食モデルも一切提示して来なかった。
日本での新型コロナ危機は、明らかに人災ウイルスである。つまり、全て「自滅」なのだ。
ウイルスが感染を拡大してるのではない、人間が感染を拡大しているのである。このウイルス感染の特徴として、感染を拡大させている正体は「元気で無自覚な」スーパースプレッダーである。
このウイルスとの、リバース(オセロ)戦において、自分の存在と世界の出来事が結びついていることを、今ほど鮮烈に実感できる時代はない。残念なのはこの国の政府がごく私的な出来事と世界の終わりにつながりを見出せない、ゲームの種類自体理解できず、また、スケールの小さな危険と世界が終わるような大きな危険を直結できないのは「カラス以下」の脳の感覚としかいいようがない。
リバーシ(オセロ)の場合、駒は白と黒によって敵と味方を区別されるにすぎない。駒たちはすべて無名で、特性がなく全て平等である。これに対してチェスの駒は、序列化された階層構造の中で明確に役割を与えられている。その機能を変化させることはなく、最終目標のために任務を遂行する。チェスの駒は、その役割に応じてコードに沿った動きをするが、これに対してのリバーシ(オセロ)駒には戦線もコードもなく、戦略如何によって、いかなる地点にも出現しうる。
アブストラクトゲームにおいて、最も必要なのは、状況を劇的に変化させる「捨て駒」である。「捨て駒」は「捨て石」と言ってもいいし、「変数」と言ってもいいし、「ゲームチェンジャー」と言ってもいい。後々の局面で自らの形勢を有利にするため、さしあたって効果がなく無駄なように見えるが、将来役に立つことを予想して行う行為のことである。
後々の局面で自らの形勢を有利にするため、わざと相手に取らせるように打つ石のこと。さしあたって効果がなく無駄なように見えるが、将来役に立つことを予想して行う行為のことである。
アブストラクトゲームの特徴は、ルールが明解で解釈の余地はない。偶然が関与しない。ゲーム内の全ての情報が公開されている完全情報ゲームなのである。
ウイルスの情報は大分出揃ってきた。まず、このウイルス概念は、インフルエンザよりもHIVエイズウイルスに近い。多くの場合は軽症で収まるが、ヒト体内の受容体と結合し、免疫システムを破壊し暴走するケースも今後増えてくることも想定される。
そして、体外でのウイルスの生存期間が長い。病院のドアノブなどに付着したウイルスの生存期間は「最長9日間」と結論づけている。一方、ドアノブなどに付いたインフルエンザウイルスの生存期間は、「最長1〜2日間」。
インフルエンザと異なり、「抗ウイルス薬」も「ワクチン」もない。そして、「ワクチン」や「抗体」の効果もその持続性も全く不明なのである。
新型コロナウイルスにおいては、現時点で効果が確認された治療薬は存在せず、その開発は急務であるが、今は、レムデシビル、アビガン、イベルメクチン、アクテムラなど、安全性が確認された既存の薬から治療薬を探す、いわゆるドラッグリポジショニングに期待するしかない。
そして、何よりも重要なことは、「食」という駒は絶対に返されることのない「確定石」なのである。それは、決して駒の色は変わることはない。相手に返される可能性がある石である「浮動石」を連打しても意味はない。確定石を取ることができれば圧倒的に有利にゲームを進めることができる。
僕たちのリバーシ(オセロ)の駒は答えの出ないところで強さを発揮する。いちいち、政府(大将)を通す必要など全くない。「自分にしか打てない」「打ちたい所に打つ」を信条とし、あらゆる〝場面〟を自在に打ち分け、自分が最善と思った手は愚形や悪形であっても常識に囚われずに打つ。勝負手、最善手を発見すると時間を惜しみなく使い切る。
リバーシ(オセロ)の駒は、突然現れる。突発的な権力行使によって、状況を劇的に変化させることが出来る。
そして、このリバーシ(オセロ)戦において、
僕たちは「食」という、このゲームの角(隅)を必ず取る。