「コロナ均衡」ー新型コロナは一つの「理念」である。❹人類とウイルスとの戦いは〝宿主〟をめぐるリバーシ(オセロ)戦である。


画像1

         「コロナ均衡」ー新型コロナは一つの「理念」である。


❹人類とウイルスとの戦いは、                   〝宿主〟をめぐるリバーシ(オセロ)戦


リバーシ(オセロ)とは、縦8マス✕横8マスの計64個のマス目の盤に、黒と白の石を交互に返しながらどちらが多くの石を所持できるかを競うゲームだ。
ウイルスとの戦いは、リバーシ(オセロ)のようなものである。人間が石(白)を打つから、仕方なくウイルスは、石(黒)を打たされている。つまり、ウイルスとは、環境が動物に対して与える「意味」のようなもの、アフォーダンスに過ぎないのである。                         
アフォーダンスは知覚心理学者のギブソンが作った造語である。アフォーダンスとは、人間が道を歩くことができるのは、身体の「歩ける」性質と、環境の一部としての道の「歩かせる」性質が適合した結果であると考える。これがアフォーダンスの概念であり、歩くという行為が成立する上で、人間と環境が対等の責任を負い、環境がその中で生きる動物に与えてくれる行為の機会のことである。

人間や動物たちは、このアフォーダンスを環境の中で知覚し、それによって自分の行動を調整しているのである。アフォーダンスは人間と環境のどちらの一方的な属性ではなくて、人間と環境の両方にそろってはじめて、営みが可能になるということである。
そもそも宿主であるヒトとは、その人間自身ではなく、環境の側にある。ウイルスという概念のありかは、ヒト個人の中ではなく、環境ー社会の相互連関の中に求めるべきなのである。

リバーシ(オセロ)戦では、重要なのは徹底的に角(隅)をとることである。「角」(隅)とは「検査」、「数理」、「テロ」、「食」という4つのプロトコルのことである。

この、「角」さえ取れば、突発的に権力状況を劇的に変化させることが出来る。

このリバーシ(オセロ)戦には「数字」の概念は存在しない。そして、ウイルスはリバーシ(オセロ)の意味もルールも戦略も何もわかっていない。
つまり、このリバーシ(オセロ)戦のルールを作るのは人間の側であって、現在のように自粛という一手を打ってウイルスの手を待ち、少し感染が収まれば、また経済活動再開するという交互手ではなく、何手も打ちまくればいいのである。そして、何よりも角(隅)を取ることが重要なのである。

もちろん、最終手は治療薬やワクチンということになるが、現在行われているゲームは、「医療崩壊」を防ぐための盤面(局面)であることを認識する必要がある。そして、このゲームの目標は「チェックメイト」ではない、「ステイルメイト」だ。つまり、「均衡」である。だが、その「均衡」は、ウイルスが主導する「均衡」、つまり、「コロナ均衡」ではない。もちろん、人類の自己都合による「人類均衡」でもない、人類の手による「環境均衡」でなければならない。

いいなと思ったら応援しよう!