変化、ギャップ、山と谷
弑《シィ》が栄《エイ》と繰り返し戦う中で学んだこと。
一つ、迂闊に攻撃すると次の一撃で死ぬ。
弑が栄に対してまともに攻撃できたことは、初回の顔合わせを除くと結局一回もない。あれ以来彼女は弑の攻撃その全てを避け、捌き、少しでも隙が生じた場合、続くカウンターの元一撃で彼を粉砕している。
一つ、弑の攻撃が当たっても効かない。
ガードの上から殴っている、蹴っていることを鑑みてもまるでダメージが通っていない。しかし接触により栄の体勢が動くことはあるため、完全に力を伝えられないわけではない。加えて、栄が異常に頑強ということでもない。自分で自分の身体を殴ってもダメージが生じないのだ。単純に威力が不足している。
一つ、……栄は、弑を教育しようとしている。
★★★
「強弱をつけなさい」
「……」
姿勢を低くした状態でのタックルに対し、栄が取った選択は正確無慈悲な前蹴りであった。
齢千年を越える大樹を思わせるが如き堂々たる構えから、蹴る側の足、その部分だけが重力から解き放たれたかのようにふわりと地面を離れる。
芸術的なまでに滑らかな挙動で真上に上昇した後刹那だけ静止、気がつくと白磁の足先は既に目の前まで迫って来ていた。
それが自分を殺す一撃でなければ見惚れるほどに美しい前蹴り。
栄の足先が大気を突き破る鋭い音は弑自身の首が空中で半ばより砕け散る破砕音と同時に聞こえた。宙をくるくると舞う視線の片隅で、自分の胴体が脱力して地面に崩れ落ちるのが見える。
暗転。
――リスポン。
「波、揺らぎ、なんでもいいわ」
リーチの問題も大きい。
大人と子供程に体躯が違う。栄が自ら攻撃する場合、弑はそれを一旦避けるか凌ぐかしてからでないと懐に入れない。
栄とは10mの距離だ。再び突進。
破れかぶれにでも自ら仕掛け続ける。それでいつかは届くと弑は信じている。
「必要なの、変化が。お前も……私自身も」
栄は呟くような一言を置き去りにして、鏡合わせで向かってくる弑に突撃していた。瞬時の加速により大量に蹴り砕かれた白い地面の欠片が宙を舞い粉塵となってその場に残る。
「変化する為の意志が」
空気の壁を突き抜け破るような爆速その威力を、膝蹴りで弑の胴体に叩き込む。
接触面が爆発したと錯覚する超弩級の衝撃が発生。
先程の攻防で成された栄の前蹴り、流麗にして壮麗なるあの一撃を見た者ほど、逆に予測できないと思わせる荒々しく豪快、そして暴力的な一撃。
それをまともに喰らった弑の胸より上方の肉体は一瞬の抵抗も許されず吹き飛んだ。陶器のような身体が砕けて空中に散布され、一拍の後にカラカラと音を立てて地面に落ちる。
「わかった?」
……
…………
……………………。
リスポン。
「……」
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