バトルショートショート ――『A』VS『C』――
弑《シィ》の両足蹴りが栄《エイ》の鳩尾に当たった。
きぃん、と耳障りな音を立てて弾かれる。
栄は棒立ちのままだ。少し体勢を崩したが、白い陶器のような身体には罅さえ入っていない。
地面に落ちた弑がそのままの姿勢で栄の足元を刈り取った。
転倒する栄、その上に馬乗りになり、弑は拳を振り降ろす。
ガキンガキンと硬質な音が響く。
栄が腕で顔を守っているが、その上から延々と殴る。殴りまくる。
一方的な展開、しかし……
「ダメージが通らないのが不思議そうね」
淡々とした、何の感情も篭もっていない機械音声が殴られ続ける栄から発せられた。
「……」
弑はその語りを意に介さず殴り続ける。目も鼻も口もない、表情の伺えない顔からは何の思いも読み取れない。
栄が急に全身を捻り、反動で弑の体勢が崩れる。彼の体格は小さく、栄の半分ほどしかなかった。傍から見るとまるで大人と子供のマネキン人形だ。
「……ッ」
己の体勢が崩れた瞬間に伸びてきた目突きを躱す。しかし躱すために更に姿勢を崩したため、その隙に栄は弑の拘束から完全に脱してしまった。
「攻撃表現に、」
しかし拘束から外れたとはいえ、栄はまだ姿勢を崩している。まだ立っていない。
立ち技で挑むと身長差とリーチの関係で己に不利。そも、打撃は何故か通らない。ならば再び寝技、そして次は関節技で挑むとそう判断し、弑は低姿勢で突っ込んでいく。
「強弱をつけなさい」
立ち上がろうとしている栄の腰に組み付きつつ渾身のタックル。もう一度倒した……とそう確信した弑は次の瞬間瞠目する。(目はない)
――動かない。
大地に根を張った大樹の如く、栄の身体は微動だにせず。
大理石の壁を押しているかのような錯覚。先程までは確かに攻撃に手応えがあった。ダメージが通らずとも相手を動かせていた。しかし、これは……。
ガキンッ
反射的に退こうとした弑の身体がガクンと前のめりになった。見ると栄が左手で彼の右腕を掴んでいる。掴まれた箇所には罅が入っていた。押しても、引いても拘束は緩まない。
「……ッ!!」
「…………」
栄は手の中で暴れる弑を見ていた。
彼は破れかぶれに反撃をするが、そのどれもが威力不足で彼女の身体を傷つけない。1時間かけても彼女が破壊されることは無いだろう……とはいえ、そろそろ幕引きの時間だった。
左手を振って弑を放り上げる。いかなる摂理か、まるで羽毛のように軽々と投げ飛ばされた弑。
栄はその落下に合わせて構えを取った。
相手に向かって真正面に踏み出す。
踏み出した脚を大地に埋めるように踏みつければ、足の裏からそれに反発する力が栄を押し返す。更に、身体に乗っていた慣性の急停止による反動。2つの力は合流し、身体を前方と上方に押し上げようと隆起する力となる。そこに腰を捻転させて生み出す回転の力、この上に脊椎が伸び上がるような上体の力を加え、締めにギリギリと後方に引き絞った腕のバネを解放し拳を突き出せば、全ての力は合一となり、迅雷の速度で一点を目掛けて疾走しーー接触と同時に威力の全てを解放する。
逆さまに落ちてきた弑の土手っ腹に栄のストレートが突き刺さった。
轟音を伴って一瞬で腹部を貫通し、背中まで突き抜けたその威力は波紋のように全身に広がって弑の体内を縦横無尽に駆け巡り、地面への衝突と同時に全身をバラバラに砕き散らす。
「……わかった?」
一面に散った弑の残骸に栄が問いかける。
返事はなかった。
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