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抱擁に灼かれて 1

堂島がその奇病に罹患したと判明したのは、中学に上がって初めて迎えた夏休みのある日のことだった。同性に惹かれる性質だと気付き、思い悩んでいた堂島には、親友と呼べる相手が居た。小学四年生からずっと一緒だった中埜だ。勉強も運動もいまひとつな堂島に対して、勉強では中埜は常に上位、運動はからっきしだめで、お互いクラスでは目立たず、おとなしく冴えない外見ということもあり、いつからか居心地の良い関係になっていたのだ。

ふいに中埜に腕を掴まれたのは、冷房が効いた室内でトランプゲームをしていた時のことだったと記憶している。『お前ばっかり勝ってずるいぞ』とか、冗談半分で誰かに腕を掴まれることは一人っ子では珍しく、堂島はその瞬間、異様な激痛を感じて手を振り払ってしまった。中埜が触れた部位が、熱いやかんに押しつけられたかのような痛みを伴う感触で疼いている。半袖から露わになった腕を見ると、掴まれた場所は指の跡まで鮮やかに赤く水ぶくれになっていた。火傷だ。

中埜とは火傷の一件以降、疎遠になった。治療法の確立されていないその奇病は、世界でも数例で思春期に発症するものらしい。恋をした相手、もっと直接的に言えば欲情した相手に触れると、皮膚が焼かれたようになる。堂島は意識していなかったが、中埜への感情は友愛を超えていたようだった。だから火傷になったのだ。

誰とも心を通じ合わせることもなく、触れ合わず、一生を終えるのだろうか。病院からの帰り道、車窓から流れる景色を見ながら絶望を感じたことは憶えている。付き添った母のほうが動揺していたせいで、二人してこのまま交通事故で死んでしまったらいいとさえ思った。しかし現実はそうはならず、堂島も母も無事に帰宅して、仕事が終わって帰ってきた父に報告をすると『そうか』とだけ返事があった。父だって一人息子が厄介な奇病に罹って何が言えるだろう。漠然とした慰めやアドバイスには意味がない。

相手が同性の中埜であったこともまた、父母の動揺の一因だった。子どもの気の迷い、一過性のものだと考えたところで、発症した病が治る訳でもないのだが、堂島が中埜と疎遠になった理由のひとつに、間違いなく父母の不安は含まれている。対象が同性だろうが異性だろうが、堂島はもう愛した相手と触れ合うことは出来ないのだ。その事実と向き合うほかない。

これまでに増して堂島は目立たず、おとなしく生きた。高校に入学してからも勉強も運動もいまいちなのは相変わらずで、親友は作らず、病のことを隠しながら、恋はしないという誓いを誠実に守って生きてきた。それなのに、人生とは上手くいかないものだ。

地元の大学に進学して出会ったのは、一学年上の星河だ。堂島とは対照的に目立つ金髪で、煙草を吸って、音楽サークルでギターを弾いている人気者だった。他人との距離感が近い。そして時間と女性にだらしがなかった。金髪ということ以外は講義の合間や学食で聞きかじった噂話だが、星河の容姿を見れば合点がいった。背が高く均整の取れた細身の体格で、顔がいい。堂島の周りには居ないタイプの人間だった。

構内で見掛けるたび、堂島は否応なく星河に惹きつけられていった。人気者という噂に反して、堂島が見る星河はいつも一人で、暑い真夏も寒い真冬も屋外の喫煙所で煙草を吸っている。生き急ぐように、紫煙を吐き出す。自分と同じく、孤独なのではないかと勘違いしそうになるくらい、絵になる光景だった。

経過観察のため訪れた病院の待合室で星河と鉢合わせしたのは、堂島が大学二年の秋だ。就職活動を始めなければならないというのに、大学三年の星河は金髪のままで、働く気があるのかと見ている側がはらはらしてしまう。

「堂島こころクン」

ふいに名前を呼ばれて心臓が跳ね上がりそうになる。あんなにもずっと見てきたというのに、星河の声を聞くのは初めてだった。

「『なんで名前知ってんのか』って顔だね。俺、記憶力には自信あるの。学食で噂話されてたの、気付いてないでしょ」
「どうせいい話じゃないですよね」
「えぇー、逆なんだけど。まぁいいや。あっ、同じ大学の星河です。同じ病気でここ通ってる」

さらりとそう言われて堂島は『同じ病気』が何を指すのか分からなかった。しかしゆっくりと意味を咀嚼した途端、何故そんなにも軽々しく奇病のことを打ち明けることが出来るのかと疑問が芽生える。

「ほら、また『なんで』って顔」

苦笑いで指摘されて堂島はしかめ面を作る。その時、幸か不幸か星河が看護師に呼ばれて会話が中断した。『また学校でね』などと言い残して診察室へと入っていく後ろ姿を見送った後、堂島は緊張を解いてどっと疲れた息を吐き出したのだった。


抱擁に灼かれて 2

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