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法学の旅〈1〉 〜大人に化けた子ども〜

天気予報では、今日は晴れ、しかも雲一つない青空に覆われると言っていた。それが今や、雲しかない空から、激しい雨が降っている。

最寄り駅から自宅に向かって歩いていたワイは、突然の雨にどうすることもできなかった。バカ正直にも天気予報を信じていたので、傘は持っていない。カバンも持っておらず、フード付きの服も着ていない。駅に折り返すにも走って帰るにも、どちらも距離が遠い。

途方に暮れ、辺りを見回してみると、まるで洞窟の中で微かな光を見つけたみたいに、営業中の喫茶店が近くにあった。店名は『ラブリー』。レトロな外観とは対照的に、なんともポップな名前だと思ったが、早く雨宿りがしたかったので、駆け込むように店内へと入った。

店内には、1人で新聞を読んでいる老人や若いカップル、親子連れまで、幅広い客層で混み合っていた。おそらくみんな、雨宿りで入ってきたのだろう。普段は客がまばらなのか、あまりの繁盛加減に、店員は慌てふためいている様子だ。

カウンター席に案内されたワイの後ろには、2人の女子校生が向かい合って座っていた。その女子校生たちの声が大きかったからなのか、2人の会話がやけに耳に入ってきた。

「結婚したいなー」
「結婚? 私たち、まだ18歳の高3だよ? まだ早くない?」
「早くないっしょ。ママは16歳の時に結婚してるし」
「16歳で結婚?! そんなのアリなの?」
「なんかよくわかんないんだけど、昔はできたみたい。今は成人年齢が18歳に引き下げられたから、結婚できる年齢も18歳からだけど、昔の女は16歳から結婚できたんだって。だから、ママもそうだけど、中学卒業して結婚した人が、それなりにいたらしいよ」

「お待たせいたしました。ホットコーヒーになります」

スマホを操作している風を装いつつ、女子校生の会話を聞くのに夢中になっていたワイは、店員の声で我に返った。注文したホットコーヒーをブラックのまま啜り、再びスマホに目を戻し、耳は女子校生の方に向けた。

「・・・だって」
「何なのそれ」
「成年擬制。なんか、未成年でも結婚したら、成年として扱われるんだって。だから、保護者の同意がなくても、ママはバイク買ったり、パパと住むアパートを借りたりしてたってさ。今は成人年齢と結婚年齢が一緒だから、成年擬制はなくなったって。あの頃が懐かしいわーって、ママが言ってた」
「そんな時代もあったんだね。まあどっちにしろ、今の私たちには関係ないね。18歳から成年だし、何でもできるじゃん」
「だね。じゃあ今日もウチで、パーッと、やる? パパもママもいないし」

そう言って2人の女子校生は立ち上がり、レジの方へと向かって行った。女子校生たちが通り過ぎた後、店内に充満している空気なのか、ほのかにタバコの香りがした。「全席禁煙!」という張り紙に気づいたのは、ワイが店を後にする時だった。

(終)

【参考条文】
・民法4条、同731条


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