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法学の旅〈3〉〜和を乱す者は、〜
こんな快晴の日に、家で読書をしているのはもったいないので、外で読書をすることにした。近くの公園まで行き、自動販売機で缶コーヒーを買い、ベンチに座って読書を始めた。しかし、あまりの強風のせいで、両手で持っているにもかかわらず、本が暴れ出し、ページが自動的にめくられては閉じ、閉じてはめくられてを繰り返す始末だ。もう読書は諦めて、本をベンチに置いた。缶コーヒーを開け、一口だけ飲んでベンチに置き、視線を広場の方に向けると、小学校低学年と思しき5人組が、砂に絵でも描いているのか、円を囲むように座って遊んでいる様子が見えた。
女「きいて」
男1「なんだよ」
女「みんな、きいて」
男1「だからきいてるって」
女「みんな、すわって」
男1「すわってるじゃん」
5人組の中で、紅一点の女の子が急に立ち上がり、他の4人の男の子たち見下ろすようにして、話し始めた。
女「今日から、わたしがこの中のリーダーだからね」
男1「いきなり何いってんの?」
男2「リーダーなんか、いらないよ」
男3「みんなでなかよくあそぼうよ。ね?」
男4「いや、ぼくは」
女「もう、うるさい!!」
女の子の声が、公園中に響き渡った。大人が出すと、周囲を気にするほどの大声を、子どもは平気で出すことができる。幸いにも、この公園には、ワイと「5人組」しかいなかった。
女「今日からわたしがリーダーって言ったら、リーダーなの! 文句があるなら、ぶっとばすよ。わたしがカラテとボクシングやってるの、知ってるでしょ」
男1「なんだこのやろう」
男2「おれはサッカーやってるよ」
男3「おい、お前もなんか言ってやれ」
男4「いや、ぼくは」
女「今まではリーダーがいなくて、なにかを決めるときは、ジャンケンとかタスウケツで決めてきた。でも、これからはわたしが決める。わたしの言うことはゼッタイだから!」
この5人組の中で、いま確実に「内乱」が起きている。これまでは対等だった5人の関係が、女の子をトップとする主従関係へと変わろうとしている。このような構造が肥大すると、刑法に規定されている「内乱罪」にまで発展する。内乱罪は、刑罰として死刑が規定されていることから、かなりの重罪として位置づけられている。
※刑法77条1項1号
「首謀者は、死刑又は無期拘禁刑に処する。」
男4「どどどどうしたんだよ、ききき急に。みみみみんなで、なかーよーくーあ」
女「わたしのママが言ってたの。これからは、男よりも強い女になりなさいって。だから、わたしがこのグループの、リーダーになるの」
男1「そんなこと、知らねえよ」
男2「ぼく、ジャンケン好きだから、みんなとジャンケンできなくなるの、なんかイヤだなー」
男3「オンナが調子にのるな!って、お前は言いたいんだよな?」
男4「いや、ぼくは」
男1「だったら、絶交だな」
女「は? 絶交? なに言ってんの?」
男1「絶交って言ったんだよ。お前とはもう遊ばねえし、おれらの仲間でもねえ。そんなにリーダーになりたかったら、ほかのやつのグループに入りゃいいだろ。あっ、お前はおれら以外に友達いねえから、それはムリか。よし、みんな帰ろうぜ」
内乱罪は集団犯、つまり内乱を起こそうとする人が多人数じゃないと成立しない。よって、1人で内乱は起こせない。かくして、女の子による「内乱」は失敗に終わったのだ。
このように一人合点したワイは、公園に取り残されている女の子と目が合った。途端に居心地が悪くなったので、再び読書を始めようと思い、ベンチに置いていた本に手を伸ばした。相変わらずの晴天で、雨は降っていないのに、本が濡れている。見ると、強風の影響で倒れた缶コーヒーが、本の上に横たわっていた。女の子の方を見ると、もうその姿はなかった。
(終)
【参考条文】
・刑法77条