『得られたものは』(ショートショート)
【一】
「すげーなー、涼。国語も100点かよ。これで全科目100点満点じゃねえの?」
桐谷涼の答案用紙を、隣の席に座っている親友の村上俊が、驚いた様子で見ている。
「ま、余裕だね」
「でも、『勉強』っていう漢字もろくに書けない涼が、なんでこんないい点数が取れるんだよ」
「ま、俺、桐谷涼、だからね」
「意味わかんねえよ。だいたい、1学期と2学期の期末試験は、下から数えて10番ぐらいだったお前が、3学期の期末試験で、こんな急成長するなんて、どう考えてもおかしいだろう。授業中も机の下でスマホいじってるくせに。カンニングでもしてんのか?」
「じゃあ、俺の親友である村上俊くんにだけ、特別に教えてあげよう」
【二】
ことの発端は、1か月ほど前、高校1年の兄の翼と、小学2年の妹の舞と一緒に、繁華街にあるショッピングセンターへ買い物に行った時だ。涼の両親は離婚しており、兄弟3人は母親に育てられているが、その母親は生活費を稼ぐため、休む間もなく働いているので、ほとんど毎日、兄弟3人で過ごしている。この日も、買い物がてら晩ご飯を外で食べようと決め、学校から帰ってきてから、3人でショッピングセンターへ繰り出した。
「あっ!」
晩ご飯を済ませ、ショッピングセンターから帰る途中、急に涼が叫んだため、兄と妹は立ち止まった。
「あれ、俺の担任の、細川だ」
涼が指差した方向にあるのは、一見普通の建物に見えるが、地元の人間なら誰でも知っている、ラブホテルだった。その前で、細川先生と女子校生らしき人物が、向かい合って何か話している。
「兄ちゃん、もしかして、あれって」
「援交だな」
「えんこー?」
「舞は黙ってろ。涼、いいから、ちゃんと写真に撮っとけよ」
涼は、急いでスマホのカメラを起動させ、細川たちは値段交渉でもしているのだろうかと思いながら、2人を写真に収めた。
【三】
「目的は、金か? 桐谷」
例の現場を目撃した翌日、涼は放課後、細川先生を誰も居ない教室に呼び出して、スマホに収めた写真を見せた。
「金なんか、いりませんよ。俺がほしいのは、もっと他のものです」
「何がほしいんだ?」
「はい。俺、勉強大嫌いなんですけど、高校には行きたいんです。中学卒業して働きたくないし。だけど、私立だと通わせないって母親から言われてるんです。俺って、一生懸命勉強するってキャラでもないでしょう? だから、『援助』がお得意な先生に、僕の援助もしていただこうかな、と」
「具体的には、何をすればいいんだ?」
「簡単な話です。これから卒業までの約2年間、期末試験の問題と解答を、横流ししてくれるだけでいいです。そうしたら、成績も上位になるし、推薦でも何でももらって公立高校に行けるでしょう。あっ、推薦状は先生が書いてくださいね。『見かけによらず、陰ながら努力している、真面目な学生です』ってね」
【四】
「なーるほど。涼もなかなかやるねえ。それで、細川が横流ししてくれた問題と解答のおかげで、オール満点ってわけか」
「ま、女子校生を『買ってる』細川が悪いからね。これで、寝てても高校に行けるから、安泰だわ」
「桐谷くん、カッコ悪いね」
突然、涼の後ろに座っている近野が、口を挟んできた。近野は、一生懸命勉強しているが、成績は良くない生徒で、なおかつ影が薄い生徒でもある。そのため、涼は、今の今まで近野の存在に気がつかず、俊に秘密を暴露していた。
「何だよ、近野、盗み聞きかよ。てか、涼のどこがカッコ悪いんだよ」
「努力もしてないくせに、良い点とったからって自慢して、カッコ悪いよ。そんな不正な手段で良い点数とって、桐谷くんは嬉しいの? たしかに、試験は結果が大事だよ。受験でも、合格しないと意味ないし。だけど、たとえ結果が出なくても、それに向けて努力することに意味があるんじゃないかな? 努力したからこそ得られるものがあると思うし、そんなカンニング紛いな手段で結果を出しても、虚しいだけじゃないの?」
「近野のくせに、偉そうなこと言ってんじゃねえよ。おい、涼、お前も何か言ってやれ」
涼は、近野の顔を見た。思っていることを全て言い尽くしたせいか、紅潮している表情だった。そんな近野に対して、涼は何も言えなかった。いつの間にか、机の上に置いていた答案用紙は、風で飛ばされていた。
〈終〉
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