心の風景4 杉山の風景 知原辺り
魅力的な風景に出会うためには、想像力を働かせなければ、ただ通り過ぎるだけの場所でしかなくなる。近景を見渡し、中景を見渡し、遠景を見渡し、どこに何があるのか、その向こうには何があるのか、形を見て、色を見て、風を感じて、匂いを感じて、そして移ろいを感じたり想ったりすることで、通り過ぎるだけの場所は魅力的な風景へと変わるものなのである。
愛知県豊橋市杉山町。50年この地に住んでいる。
杉山小学校・七股池(ななまたいけ)裏⇔城下(しろした)間の農道、城下⇔県道503の尾根道、県道503⇔七股池・御園(みその)地区に囲まれ、広々とした景観を誇る知原(ちはら)の畑地帯の一角、北西に位置する泉原。少し起伏があり、窪地には手つかずの雑木林が点在し、その隙間に牛小屋や畑がある。知原の広がりのある風景とはだいぶ趣が違う。その中に雑木に囲まれた茶畑がいくつかある。この辺りは、いつもひっそりとした空気が漂っている。
そぼ降る雨に葉を濡らす茶畑の新芽の鮮やかな緑を、傘に当たる雨粒の音を聞きながら眺めているうちにそこに漂う空気までが緑色に染まってしまいそうな、静謐で少し寂しげな風景がそこにある。時雨の似合う風景。その先には明るい知原の畑が広がる。
泉原風景 ボールペンに淡彩スケッチ
東西南北約一キロ四方に広がる杉山町知原の畑地帯は、杉山町の南端に位置し、田原市六連(むつれ)に接する農道は、県道503(杉山六連線)から六連までの東西約1.5キロ。杉山町で一番標高の高い所を通る。この農道は尾根になっていて道の南側に田原市六連の谷、北側は知原の畑地帯を見下ろす。眺望のよい農道で、空気の澄んだ冬の朝は東に遠く富士山が見えることもある。
県道503から東へ農道に入り、長い登りを歩いていくと右手に長仙寺(ちょうせんじ)裏の雑木林がある。時々でっかい野兎に出くわしたりする。何しろ畑地帯だ。野兎の一匹や二匹が暮らしていけるだけの食料は充分にある。と言ったら農家に叱られるかもしれない。
雑木林を過ぎると眺望が良くなり、春時分だと新芽の淡い緑が広がる茶畑が続く。道路の南側は急な斜面が多く六連の谷を隔てた先に緩やかな階段状の畑地帯を眺め、北側は茶畑や、いろいろな作物の畑やハウスが広がる知原の畑地帯の先に御園団地を囲む雑木林など変化に富んだ風景を眺めることができる。
杉山町知原の南端、田原市六連との境にあるこの尾根道(農道)を北へ下ると、知原の畑地帯の南北の中心よりやや南側に、少し広い農道が並行して通っていて、実はこのあたりから見上げる尾根道のパノラマが一番美しいと私は思っている。
この農道から尾根道へは、一旦、少し下ってから一気に登る地形となっている。その高低差に、数値上での高低差よりも視覚的、心理的に感じる高低差及び距離を大きく感じる。
尾根道のスカイラインに沿うように広がる茶畑や点在する雑木。裾野に広がる白菜やキャベツ畑。それらの隙間を縫うように細い農道が自由に曲線を描くように模様をつけている。
朝、畑の真ん中から、急上昇し、上空でホバーリングしながら鳴き続けるヒバリの声を聞きながら東西に延びる尾根道のパノラマを眺めていると、どこかの高原にでもいるかのような気になる。
大げさに聞こえるかもしれないが、見下ろしたり、見上げたり、見渡したり、本当に高原のパノラマ風景が目前に迫っているような気になるのだ。
知原のパノラマ ボールペンに淡彩スケッチ
知原風景の魅力は、決して広くはない1キロ四方の中に、緩やかな起伏に富んだ地形にある。その中にキャベツ畑や白菜畑、トウモロコシ畑やハウス、茶畑、点在する雑木林、道端に咲く花。畑の土や畝など。朝の光と影が豊かな彩を作り出している。時々田舎の香水が漂っていたりするが、こういう日は我慢してやり過ごす。
ここに住んで50年、未だ田舎の香水には馴染めない。「それも風情のうち」と言えば済むことではあるが、どうしてもなじめない。ただあまり臭い臭い言うと嫌われるので言わないが、臭い。それを我慢しての50年。
よく田舎暮らしに憧れる人がいるが、その土地の文化、風習、生活、お付き合いというものがある。それに溶け込む自信のない人は田舎に住むべきでない。ただ、その土地独特の魅力的な風景に出会えることは確かだ。
知原の茶畑