マテニーの話
今のうちに庭の手入れなどをしておいた方が後々楽になることは重々承知している。夏は繁茂する雑草で、「蚊に喰われるからなんとかしろ」と、幽霊からもクレームが来そうなくらい放置状態を続けたが、季節が巡り冬になるとその雑草の勢いもなくなり、葉と葉の間に隙間が目立ち、「まだ放っておいてもいいかな」と怠けてしまい、梅雨が明ける頃にはすでに手遅れ。というパターンを毎年繰り返している。
今年こそはなんとかせにゃぁいかんとは思っているが、思っているだけできっと何もしないんだろうと思っている。
とうとう7月に入った。きっと来年の今時分もそう思うようになるに違いないと思う。
話は変わるがドライマティーニについて思い出したので、今日はこの話。
ドライマティーニは、ジン3~4に対してベルモットという香りのするワイン1を混ぜ、塩漬けにされたオリーブの実が1個入っているアルコール度数が35℃位の強いカクテルで、ジンの含有量が多くなるほどドライ度が増していく。
極端なものになるとジンにベルモットが数滴しか入らない超ドライなどというのもあり、辛口のお酒が好きな人はドライマティーニを好んで飲んだらしい。
故開高健氏のエッセイを読んでドライマティーニという飲み物があることを知るのだが、その時にイメージしたのは何故か難しい顔して飲む飲み物であるなというものだった。
出来ればカウンターの隅に一人で座り、眉間に皺を寄せて、しかし決して機嫌が悪いわけでもなく、時々バーテンダーと二言三言お穏やかに言葉を交わす。
そんなイメージの飲み物だった。
このマティーニ、バーテンダーによって味が大きく変わる。
単純なレシピなのに何故か甘かったり辛かったりする。
私のように舌がバカでもわかるほど。
私が通っていたバーでは店主のバーテンダーと若い女性のバーテンダーの二人がいたが、店主の作るマティーニは辛口で、女性バーテンダーの作るマティーニはシロップでも入っているのではないかと思うほどに甘いものだった。
女性バーテンダーは若くて美人。
美人バーテンダーの笑顔につい釣られて彼女にマティーニを何度か作ってもらうのだが、何度作ってもらっても甘いマティーニを飲まされる。
正直言って私は辛口のドライマティーニを飲みたいのだが、「ドライマティーニ、ドライでね」と念を押しても甘いマティーニが出てくる。
美人バーテンダーとの会話と引き換えに甘いマティーニ。
しかし甘いマティーニを飲みながらの美人バーテンダーとの会話時間はあまりにも短い。
ひとことふたこと会話を交わすと、他の客からカクテルの注文が入り美人バーテンダーはカウンターの奥へ引っ込んでしまう。
そんなことが何度か続き、割に合わないことに気付く。
ちょっと気付くのが遅いと思うが…、美人に目がくらむと脳味噌が沸騰し思考が停止するのは男の宿命だ。
他の客と談笑する美人バーテンダーを、ヨダレを垂らしつつ眺め一人寂しく甘いマティーニを飲みながら苦虫をかみつぶした顔になっていると店主が気を利かせて
「もう一杯どうですか」
「いいねぇ、…ドライでね」
「ドライマティーニをオンザロックで飲んでみませんか?」
「面白そうだね、お願いします」
店主の作るドライマティーニは目が覚めるほど辛口で美味しい。
それをオンザロックで飲むとこれもまた美味しい。
以来ドライマティーニはオンザロックで頼むようになってしまった。
旅行先でカウンターバーを見つけるとやはりそこでもドライマティーニをオンザロックで注文する癖が付いてしまったほど。
今となってはペットボトルのウィスキーで満足するしかないのだが。