フリー台本:宇井野怪物録:六分の二:小豆洗い【無料】
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登場人物
・山本探偵 (表記:探偵 ):
・宇井野美雪 (表記:女性 ):
・ナレーション (表記:ナレ ):
・諏訪 (表記:依頼人):
・泥田坊 (表記:泥 ):
本文
女性 「それって小豆洗いでは?」
ナレ 「12時の鐘が鳴ると同時に、応接室に入って来た事務員、宇井野美雪がそう言った。彼女の手には、この探偵事務所正面にあるカレー屋、『2424の森』の袋が握られている。中には缶コーヒーと弁当が3つずつ…恐らく自身の昼食を買うついでに、オーナの山本探偵と依頼人、諏訪氏の分も用意したようである」
依頼人「小豆洗い…?」
女性 「はい。有名な妖怪ですが、諏訪さんはご存じありません?」
ナレ 「戸惑いの声をあげる諏訪を尻目に、宇井野は弁当をテーブルに並べると、彼の正面、そして山本探偵の隣に腰をおろした」
探偵 「うん、ちょっと待ってくれ、宇井野女史?」
女性 「なんですか? 山本さん」
探偵 「なんで君、さも当然のように仕事の話に関わろうとしているの?」
女性 「だって諏訪さんはあの、KNMの社長さんなんですよね?」
ナレ 「KNMとは、村おこしのための開発事業に特化した一流企業である。KNMの手によって過疎化した村が活気だったと言う事例は枚挙に遑がなく、また近年ではアニメ制作にも手を出したことで話題となっている」
女性 「つまり、ここで諏訪さんの心をガッシリ掴んでおかない手はありません。そんなわけで私の色気と話術で彼を虜にして、うちのお得意様にしてしまおうっていう魂胆ですよ!!」
探偵 「色気…?」
女性 「ふっ…」
ナレ 「宇井野の身体を上から下まで疑いの目で見つめる山本…その不愉快な視線に気づいた宇井野は、山本の耳に息を吹きかける」
探偵 「ひえ!? (冷たい)」
女性 「ご相談の件ですが、『私を交えた上で』、もう一度詳しくおうかがいしてもよろしいですか?」
ナレ 「椅子から飛び上がりそうな声をあげる山本をよそに、彼女はそう言った」
依頼人「KNMは現在、過疎化が進んだ、長野のある地域の開発に着手しております。開発は当初こそ順調だったのですが…粗方の田園地帯の整備が終わり、川の埋め立て作業に入ったあたりから、夜な夜な、現場から気味の悪い物音が聞えるという報告が相次ぐようになりまして…」
女性 「気味の悪い物音…?」
依頼人「はい。工事現場は危ないので、音が聞える度に、誰か立ち入っていないか探してみるのですが、音の正体はこれと言って見当がつかず…そんな事が続くうちに、気味悪がった従業員が1人、また1人と手を引く様になりまして…」
ナレ 「困り果てた顔で諏訪は答えると、鞄から1枚の地図を取り出してテーブルに広げてみせる。地図には赤い大きな丸が記されており、その中には数え切れないほどの田畑の他に山が1つと2本の川が含まれていた」
依頼人「この赤丸の範囲が今回、我々が開発している土地でございます」
探偵 「随分と広範囲を買い取ったんですね」
女性 「と言うか、こんなに広い土地で何を始めるんです?」
依頼人「実は村おこしも兼ねて、ケイナムランドを建築中なのです」
女性 「ケイナム…?」
山本 「ランド…?」
依頼人「はい!! 実物大の機動戦士ケイナムを目玉とする一大テーマパークです!!
ナレ 「機動戦士ケイナムはKNMが制作した人気アニメである。主人公の…(以降りどらじメンバー側でなんかケイナムの説明考えてください)」
依頼人「何分、歴代のケイナムを実物大で全部置こうと思うと、それはそれはもう、とてつもなく広い土地が必要になるわけでして…例えばこの田んぼを潰したところにはファーストケイナム、こっちの畑にはケイナムダブルエックス…それからこの山の麓には…」
女性 「つまり、ケイナムランド完成のためにも、『気味の悪い物音』の正体を探ってほしいと言う訳ですね?」
依頼人「はい。そうなります」
女性 「なるほどなるほど…ところで諏訪さん。住民は開発に納得してくれていますか?」
ナレ 「宇井野のその質問を耳にした途端、諏訪の顔に動揺が走った」
社長 「そのですね…田畑を潰すとなると…ええと、先祖代々の土地なわけで…ですが…私どもも話し合いの席を設け…その…一応、和解をですね…」
女性 「でも、全員が全員、納得しているわけではないですよね?」
ナレ 「言葉を慎重に選ぶように、歯切れの悪いテンポで答える諏訪…
そんな彼に追い打ちをかけるかのように、宇井野は質問を重ねた」
社長 「…はい。正直、納得のいっていない方も少なくないと思います」
女性 「なるほど。じゃあやっぱりこれ、小豆洗いなのでは?」
探偵 「んんと、つまり宇井野女史は、これが妖怪の仕業だって言いたいの?」
女性 「なに言ってるんですか、山本さん? 妖怪なんて非科学的な存在、いるわけないじゃないですか?」
探偵 「ええ…」
ナレ 「本気で呆れているような目をして山本を嗜める宇井野。なおそんな事を宣う当の本人が、雪女である」
女性 「私が言っているのは、小豆洗いの正体の話です」
探偵 「正体?」
女性 「ご存じありません? 小豆洗いの正体は、昔のプレイボーイなんですよ?」
ナレ 「困惑する山本に対して、自慢げに語る宇井野…彼女によれば、男性が意中の女性に抱き着かれたいと考えた結果、川原に隠れた友人に物音を立てさせ、相手を怖がらせた悪戯が小豆洗いの正体とのことである」
女性 「つまり奇妙な物音の正体は、開発反対派の仕業…怖がらせて開発の邪魔をしてやろうと言うわけです」
依頼人「ふぅむ。なるほど…」
探偵 「妨害工作ってのはわかるけど…これ、普通に怖がらせているってだけの話だよね? 別に小豆洗いとか関係なく思いつきそうじゃないかなぁ?」
女性 「実はこの小豆洗いの話って、長野県発祥なんですよ」
ナレ 「言いながら彼女は、缶コーヒーのプルタブに指をかける」
探偵 「いや、長野だからって言ってもさぁ…」
女性 「それに、私でも思い浮かべたくらいです。現地の方なら余計に思いつきそうだと思うんですよね。社長さんのお陰で」
依頼人「…私?」
探偵 「えっと、どういう意味? 諏訪さんが何か関係あるの?」
ナレ 「困惑する2人を他所に、彼女はプルタブにかけた指を持ち上げる。
ペキッという乾いた音が、狭い応接室に響き渡る」
女性 「これ、長野県の『諏訪』郡に伝わる話なんですよ」
女性 「ここが噂のケイナムランド建設予定地」
ナレ 「一週間後、白装束に身を包んだ宇井野、もとい雪女は長野へと足を運んでいた」
女性 「しかし暑いのぅ…このままじゃわしも融けかねん。時間も無いし、急ぐとしようかの」
ナレ 「カラカラと下駄の音を響かせながら、ブツブツと呟く雪女。
諏訪と話をしたあの日、雪女の推理に納得した彼は二人に礼を述べると、
反対派と話し合いを行うべく、山本探偵事務所を後にした。しかしその後、諏訪が長野へと向かったきり、消息を絶った事が明らかとなった」
山本 「元々、引き受けるつもりのない話だったんだ。そもそも反対派の連中が何かしたにしても、それは俺達の問題じゃない。宇井野女史が責任を感じる必要は無いぞ」
ナレ 「失踪が発覚した夜、一日中静かだった彼女に山本はそう言った。無論、元が妖怪である宇井野にとって、たかが人間一人のことなどどうでもよかった」
女性 :反対派の仕業? いや、今の日本で大企業の社長を拉致監禁する程の過激行為なんて考えにくいし、そもそもそれなら黙ってないで、要求の1つでもありそうなものよね。もしかして…
ナレ 「彼女の胸の内にあるのはただ1つ、かの地には本当に、得体のしれない何かが潜んでいたのではないか? と言う疑問だけである」
山本 「わかった。どうしてもと言うなら行って来ていい。ただし明日までだ。明日の朝には必ず俺の下に帰って来て、いつも通り珈琲を淹れていること…いいな?」
ナレ 「そして翌朝。身支度を整えた彼女の姿を見て、山本は、そう言った」
女性 「わしもいよいよ耄碌したかのぅ」
ナレ 「工事現場となっている川の水面を覗き込むなり、雪女は溜息をついた。水中では、はだけた着物姿の遊女が、諏訪の死体に抱き着いていた」
女性 「そっかー。言うておったもんなぁこやつ…『粗方の田園地帯の整備が終わり、川の埋め立て』を始めたって…先に田んぼを潰したって…」
ナレ 「ブツクサと呟く雪女に気付いた女の妖は、水中から上半身を現す」
女性 「のう。確認しておきたいのじゃが…お主、泥田坊よな?」
泥 「ええ、いかにも。私はあの、田んぼを潰した人間に『田を返せ』ってブチ切れることで御馴染みの、泥田坊よ?」
ナレ 「水中から現れた遊女、泥田坊は胸を張ってエヘンと言わんばかりに答える」
女性 「であれば、そこな男を殺したのも、住処である田畑を奪われた恨み故と言うわけじゃな」
泥 「え?」
女性 「ん?」
泥 「えと…この辺の田んぼ潰したの、こいつなの?」
女性 「何で知らんのじゃよ、お主…」
ナレ 「本気で驚く泥田坊の姿に、雪女は呆れた声をあげた」
泥 「だって、作業着とか言うのを着てないから…無関係なのかなって…」
女性 「そ奴等は金で雇われただけじゃて…田畑を潰す様に指示していた親玉はその男じゃよ」
泥 「よくも私の住む田んぼを!! 田を返せ!! 田を返せええええええ!!」
ナレ 「一瞬の静寂が訪れた後、泥田坊は諏訪の死体をポカポカと殴り始める」
女性 「いやもう死んどるじゃろ…と言うかそれならどうしてソイツ、溺れ死にさせとるんじゃよ…」
泥 「えー? だって土に種を撒くのが男で、耕すのが女の生業でしょ?
いつも通り『田を返せ』って呟いてたら、何かこいつ寄って来てさ。よく見れば身なりがいいし? これもしかして玉の輿かなーと思って、水中に引きずりこんだら、何か死んじゃって」
雪女 「呼吸って知っておるか?」
泥 「まぁ、諸悪の根源を成敗できたわけだし? 結果オーライ、オールOK! みたいな?」
ナレ 「取り繕う様に言うと、泥田坊は諏訪の死体を放り投げる。彼女の手を離れた死体は水に流され、みるみるうちに小さくなった」
泥 「そんで、あんた何なの?」
雪女 「一応、あの男とちょっとばかり見知った仲でな」
泥 「ああ、そう。つまり…あたしとやろうって訳?」
雪女 「いや、遠慮しとくわい」
ナレ 「殺気立つ泥田坊には目もくれず、雪女は川を背に歩き出した」
泥 「あれ? いいの? 自分で言うのも何だけど、あんたの方が強いよね? 実を言うと、割と死を覚悟してたんだけど?」
雪女 「まぁのぉ。しかしお主とやり合えば、それなりに時間はかかるじゃろう?」
ナレ 「振り返る雪女の目に、水面を反射する茜色の光が飛び込んだ」
雪女 「約束しておるからのぅ…明日までには帰ると」
ナレ 「眩しさに細めた目で、川の向こうに聳える山々…更にはその奥へと、隠れつつある太陽を仰ぎ見て、彼女は答えた」
山本 「ほれ、淹れたてだぞ」
ナレ 「翌日の早朝、宇井野が事務所でいつも通り珈琲を淹れるより先に、山本が珈琲カップを手渡した。カップから立ち上る湯気を見て、不快そうに顔を歪める宇井野」
山本 「あ、そっか。猫舌だっけ?」
女性 「ええ。気持ちだけ受け取っておきますね」
ナレ 「低いトーンでそう言い、手渡されたカップをテーブルの上に置く」
山本 「まぁ何にしても、宇井野女史が無事帰って来てくれてよかった。…いや本当よかった。事故でよかった。人殺しも辞さない反対派とかいたりしなくてよかった。うん、良かった良かった」
ナレ 「何度も同じような言葉を紡ぎながら、云々と頷く山本…そんな彼の様子に、彼女は思わず吹き出した」
山本 「何だよ?」
女性 「山本さん、そんなに嬉しかったんですか? 私が無事に帰って来て」
山本 「当たり前だろう」
女性 「ふふ、そうですかそうですか」
ナレ 「立ち上がり冷凍庫から氷の塊を取り出すと、宇井野は容赦なくそれらを珈琲カップの中に放り込む」
女性 「そう言えば…元々、諏訪さんの依頼を引き受けるつもりは無かったって、山本さん言ってましたよね? あれ、どうしてです?」
ナレ 「何を言っているんだと言わんばかりに、山本は彼女を見つめる。そして」
山本 「どうしても何も、うちは迷子専門だぞ。そもそもが畑違いだろ?」
ナレ 「短く、端的にそう答えた」
泥 「泥田坊ちゃんの!! 教えて妖怪コーナー!! やっほーい!! 皆、宇井野怪物録を聞いてくれてありがとーう!! このコーナーではあたし、泥田坊ちゃんが妖怪についてザックリ解説しちゃうよー!! ということで今回の解説はこちら!! ドン!! 泥田坊!! お父さんから貰った田んぼをダメにした息子に『田を返せ!!』ってブチ切れるおっさんでお馴染みだよね? でも本編では、どうしてこんなにセクスィィな美女になったか気になる人も多いんじゃなーい? じ、つ、は…泥田坊は、吉原を言葉遊びで妖怪に見立てたものって言われていたりするんだなー。例えば「田を返せ」は「田を耕せ」の音がなまったもの…そして「田を耕せ」は子作りの事と言われててー。あ、これ本編でもさらっと言ってたね? それから「泥」の字も酒や女におぼれる「放蕩」を意味してたりするんだーZE☆ どうだい皆、勉強になったかな? さてさて、そうこうしているうちにお時間のようです。次回、宇井野怪物録 六分の三…死神…こうご期待!!」
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