【#くろぐだの奇妙な冒険 ヒトシ外伝】Over The Times:The First Track #1
はじめに
本作は「ジョジョの奇妙な冒険」シリーズをルーツとするTL内創作小説「くろぐだの奇妙な冒険」の番外編となります。本作品を主役のくろぐださん、著者の日向寺皐月さん、そしてTLの皆様に捧げます。
1 1月15日(日) AM1:07
大学入試センター試験の受験者は、毎年ざっと55万人。その中に、「受験終了後6時間以内に逮捕される」という大馬鹿者は……もしかすると数人いるのかもしれない。窃盗とか、暴行とか、そういう手合だ。だが、俺の場合はちょっと違う。
誘拐だ。それも誤認逮捕。
何度「違う、俺じゃない」と言っても信じてもらえない。発見当時誘拐されていたお嬢様の膝の上で死んだように寝ていた高校生(原付免許未取得)がどうやって誘拐をやるというのだ。誘拐犯の片方と背格好が似ていただけでここまでやるか。
まぁ、当時の俺の見てくれがそこまでよろしくなかったのもある。このご時世に長ランすれすれの学ラン、オールドスタイルな学生カバン、鋭角なセルフレームの眼鏡に軽く固めた短髪。応援団長をやめてもなお応援団長らしい、すなわち威圧感のある格好をしていたことが完全に災いした。
午後10時に幕を開けたクソッタレ事情聴取も早3時間。睡魔と空腹、ついでに言えば寒さ。現行犯、それも地元の名士の一人娘を誘拐した(ということになっている)せいか取調担当の刑事さんの顔も相当に険しかった。
「だから、何度言わせるんですか!犯人は二人組!両方とも眼鏡してないし俺と背格好近い方は長髪、背の低い方はスキンヘッド!それに」
「あの場には君と佐野崎さんの二人しかいなかった。それに君たち以外のゲソ痕、つまり靴の跡がないんだよ」
「もっと明るい時間帯にでも調べたらどうですか?もう少し結果も違うでしょう」
「君ねぇ……」
「渋沢警部補!」
若い警官が取調室に駆け込んできた。また「俺に不利な証拠」が増えるのか。
どうせ長い話になる。このクソッタレなセンター試験終了後の10時間を振り返っておくとしよう。
この俺、ヒトシの、これまでの人生でもっとも奇妙で最悪な10時間の話だ。
2 1月15日(日) PM3:07
「自己採、いつものとこでやらない?」
センター試験の帰り、俺と岩上は誘蛾灯に寄せられた蛾のように喫茶kazariにいた。去年還暦のマスターが淹れるコーヒーが名物の、渋い喫茶店だ。自己採点自体にも、場所にも異存はない。強いて言えば学年一の数学フリークの前で数学の結果を晒したくない、といったところか。
「数学で9割以上しか取れないやつの前で残念回答を開陳しろってのかよ」
センター試験の手応えはあった。数学以外は。
国語は見直しに15分かけるほどの余裕があったし、英語も長文が予備校各社の予想より10%長かった程度のことだ。数ⅡBの三角関数であんなぶっ壊れ問題が出なければ完璧だった。
「アレくらいは想定の範囲内、ともいえないよ。オレも多分最後の1問外したし」
「最後の1問で済むならいいだろ、こっちは途中で轟沈だよ」
岩上とkazariでこうやって駄弁るのも、これが最後かもしれない。岩上は地元を出るが、俺は現状通りにいけばT市だ。T市大には社会政策を専門に扱う学部がある。実務を意識した学究ができる大学、という観点ならT市大をおいて他にはない。
「しかしこれ点数調整入るんじゃないの?数Ⅰとか今年めちゃくちゃ易化してたし」
「どこで見たんだよそれ」
「ん、余った時間でちょっとやってた」
「お前なぁ……」
甲高い悲鳴がレジから聞こえたのは、その時だった。
「有り金全部出せ!」
「動くんじゃねぇぞ!」
いまどきレアな目出し帽の2人組が、出刃包丁片手に乗り込んできた。
「ヒトシ、あれ」
(しっ!)
岩上にジェスチャーしながら、俺は2人組をまず観察する。
シュールなことに首から下は安っぽい犬の着ぐるみだ。おそらくは目撃者の意識を顔からそらすためのフェイント。「店長を呼べ」だの「お前らも財布とスマホを出せ」だのとわめきながら片方がレジ近くのテーブルから回り、もう1人はレジの女性店員を拘束し首の右側に包丁を当てている。
(((手慣れてるんだかないんだか、「白」か「玄」かわからねぇ)))
俺の脳裏をよぎったのは、大叔父の言葉だった。あまりよろしくない商売をやってこの道40年のベテラン。
(((いいかヒトシ、強盗なんぞやるのは三下も三下よ。だがな、巻き込まれたときに立ち振舞でそいつがズブの素人かこなれた玄人裸足かを見極めるのはできなくもねぇ。チャカ見せて相手が引くようならそのまま押し切れ。だめなら?あとは気合いよ!)))
そのチャカが手元にあればよかったが、流石にセンター試験の会場には持ち込めない。もうちょっと実効性の高いアドバイスでも聞いておけばよかった。
巡回強盗がもう少しでこちらに向かってくる、というその時。
RRRRRRRR!
「うわっ!?」
「おい!?」
静まり返った店内で岩上のスマホが鳴ってしまった。
「マナーモード!早く!」
「何やってんだガキども!」
巡回強盗が俄にがなり立てる。岩上はなかば恐慌状態でほとんど口もきけない。
あと何秒ある?あと何メートル?テーブルの上のナイフで応戦は困難。フォークは慎重に扱わないとこっちがお縄だ。どうする。どうする。考えろ、考えろ、考えろマクガイバー。
【続く】
次回予告
「そう、いかにも私が日向寺皐月だ」
(((息はある。死んでない。いやそこじゃない)))
「これ……何だよ?」
「嫌ぁっ!」
「『突然立てなくなる』なんてことも……あるかもな!」
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