人を狙わば
認めたくないが、嵌められた。
繁華街の路地裏、土地勘は「相手」にあり。
しかもどこで調達したか人質まで取られている。20代のくたびれた会社員と思しき女。どこにでも居そうなヤツを選ぶあたり容赦がない。大通りを逃げる最中で見つけたか。
俺は改めて相手を睨みつけながら、状況打開の糸口を探る。女の顔には絶望の色。緩いウェーブをかけた髪に見覚えがある。右手のナイフは女の首筋へ、隠れている左手は恐らく女の腕を決めている。更に左脚で女の動きを制限している。依頼人から聞いていた以上の手練だ。
女を引きずるようにじわりと後退する男。だがこちらが踏み込めば、ほぼ確実に人質の喉笛を裂くだろう。依頼人から「無用の殺しは避けろ」との指示もある。どこかで見たような女の顔。警察に誰が通報するとも分からない。
膠着状態は5分ほど続いた。長引けばこちらが不利。人質の顔。男の次の一手。こちらの緊張感がピークに達したその時。
「この女はな、」
男が不意に口を割った。
「お前の妻の叔父の再婚相手だ」
「……は?」
「20も離れた女を妻にするとか、なかなかいい趣味だよな」
「なんで東京に?」
妻の叔父は確か長崎の住まいである。正月に夫婦で遊びに来ている。つまり会っている。
「おびき出したんだよ、いろいろ都合付けてな」
「どういうことだ」
「俺もこんな稼業だからな、自分のこと狙うやつの素性は調べるさ」
迂闊だった。
「お前がギリギリ覚えてそうな親族、探すのに苦労したよ」
十亀。
一張羅のスカジャンが通り名の由来。
その筋では有名な運び屋で、金さえ積めば薬物から象牙から大物政治家のバカ息子までなんでも運ぶ。
依頼人は十亀の前回の依頼で相当の被害を被ったらしく、俺含め総勢10名に1億ずつ積んで今回の仕事を用意した。
その十亀が眼前にいる。そして、
「まぁこの人が手始め、ってことになるけどさ」
十亀は埒外の男であった。
「何のだ」
「お前の6親等以内、全員潰すわ」