【#くろぐだの奇妙な冒険】ヒトシ外伝 Over The Times:The First Track #3
(前回の「Over The Times:The First Track」は!)
(そうそう、これだ!本当に助かったよ、少年!)
「これ……何だよ?」
「さっきはなめたマネしてくれてたなぁ、ええ?おかげで兄貴の前で恥かいちまったじゃねぇか!」
「うっそでしょ……?」
(((そう、店を出てしまった。無銭飲食の現行犯である)))
5 1月15日(日) PM4:39
喫茶kazariの面する西塔通りは全長1.5km。T市有数の商店街は、今や命がけのチェイスの現場と化していた。駅と反対側に逃げれば一条学園のある大通りまで出れるが、あの通りでは遮蔽物が少ない。最終的に「店員を守ったまま」「強盗たちを警察に突き出し」「kazariに戻って代金を払う」という3つの目標を同時に果たす必要が今の俺にはある(もちろん優先度はこの順だ)。
「その……策はあるんですか?」
店員にふと聞かれた俺は、軽く逡巡した。テルイグランドホテル?阿呆か。店員はともかくこんな不良高校生が「助けてくれ!」といって通すほどザルではないだろう。仮に通してくれたとしても、その先が見えない。
「あっちが頭に血が上り放しであってくれれば、なくはない、……かも」
自分で言っておいて何だがあまりに確度が低い。
「最終的には駅前まで誘導して、あの強盗どもをサツに突き出してやれれば……」
「さつ?」
「警察ってこと。あぁ、ワリぃ。ご覧の通り粗野な人間性と言語野しかなくってな」
「本当にそうなら、あの場で私を助けてくれたりはしませんよね?」
店員の言葉に、俺は完全に虚を突かれた。なんというか、まっすぐというか人間が良くできているというか。
「おかげで無銭飲食の現行犯になっちまったけどな」
「……あっ!」
店員は完全に今気づいた、という顔をした。よくこのぼんやりさでレジを打てたものだ。
「戻ったらちゃんと現金で払うよ。ほんとに申し訳ねぇ」
「まぁ、そういうこともありますよ。後でお支払いいただければ……」
「いや、店員がそれでいいのかよ」
おおらかというか、抜けているというか。いまここで強盗共に追われていなければ一晩中漫才を俺とこの店員でやっていたに違いない。
「なんていうかアンタ、世間離れしてるって言われたことないか?」
「日に三度は言われます……」
交番近くの裏通り目指して、一本また一本と裏通りに入る。途中段差も障害物も相応にあったため、後方から「あてっ」だの「とっ、とっ、と」だの気の抜けた声が聞こえてきた。動きに合わせて後ろで結んだ髪が跳ね回るのが少し見えた。
「……怪我は、ぎりぎりしなかったか」
「まぁ、かろうじて……」
振り向いて一度確認する。ところどころ枝葉が制服にくっついていたものの、擦り傷などは見たところない。
と、俺は店員の胸、正確に言えば名札に目が行った。
[M.Sanozaki]
「サノザキ、さのざき、って…まさか……いやちょっと待ってくれ」
「はい?」
「佐野崎設計事務所の、佐野崎家?」
「はい!佐野崎満冴(みさ)と申します」
なんてことだ。古くは穀物商として栄え、現当主の佐野崎満琉(みつる)はT市役所本庁舎やT駅新駅舎、鴻上ファウンデーションT支社ビルなどT市の著名な建築物の設計を手掛けたT市の名士の1人。一条家とは規模も歴史も違えどT市一帯の郷土史にその名を残す旧家の一つ、佐野崎家。つまり目の前の店員は……
「佐野崎家のご令嬢でいらっしゃる……?」
「そんな大層なものでもありませんが、次の当主は現時点でわたしということになります」
『おいしそうだったのでスーパーでいちごを買ってきました』みたいな平易なノリでカミングアウトしないでほしかった。
「つまり俺は、佐野崎家のご令嬢を危険な目に合わせ?」
「そんな……普段しないやんちゃをした分、とても楽しかったですよ?」
「佐野崎家のご令嬢の目前で無銭飲食をぶちかまし?」
「マスターも怒りませんよ、きっと。わたしから話をします」
「あまつさえ終始不躾な態度を?」
「そこまで気になさらないでください!むしろ今のままの方が話しやすいですし」
こんな丁寧に言われてしまっては立つ瀬がない。
「それに、年下の男の子に守ってもらえる経験もそうはできないので」
「え?」
「その、わたしこれでも今年で21で……」
ショックで膝から崩れた俺は、そのまま滑らかに上半身を倒し、頭を垂れた。
土下座である。
「そんな、あの、公衆の往来で……」
「申し訳ありませんでした……それと」
「はい?」
土下座姿勢に移行した瞬間、俺の目は信じ難いものを捉えていた。
「伏せて!」
「ひゃぅっ!?」
満冴さんもなんとか腰を落とした瞬間、「それ」は頭上を飛び抜けた。追尾機能まではないのか、そのまま勢いよくどこかへと飛び去る。
「木製の『トマホークミサイル』!?」
煙は出ていない。燃料は?どこから撃ってきた?それにどうやってこの位置まで特定を?
「満冴さん、今度は立って!」
「えっ、ひゃい!」
満冴さんは半ば跳ねるように立ち、それとほぼ同時に強盗コンビの声が聞こえた。追いつかれたか……!
「見つけたぞ!ダイ、今度は外すなよ?」
「もちろんでさぁ!フンッ!」
強盗の片割れ、先程満冴さんを拘束していた「兄貴」のほうが街路樹に手を翳すと木はそのまま捻じ曲がり、凶悪な現代兵器の様相に変わった。ダイと呼ばれた柔道部崩れのほうは武器を受け取るとそのまま助走をつけ、見事な槍投げ姿勢で、こちらにめがけて『木製トマホークミサイル』を……投げ放つ!
「おんどりゃぁぁい!」
さっきと違ってやや低めの弾道。ミサイル自身が燃えているのか、白煙を噴きながら突っ込んでくる。伏せるなら腹ばい、跳ぶなら腰の高さ以上に跳躍しなければ躱せない。そして背後から絶望的な声が聞こえた。
「こ……この先が」
「この先が?」
「工事中になってます!」
退路なし。背中には満冴さん。左右はブロック塀。正面から木製トマホーク一発。できることがあるなら、一つしかない。多少は気力も回復した。今なら行ける、いや、行けなくてはならない。
(((頼む……もう一度!)))
木製トマホークの予想進路に合わせて右手を突き出す。全身が一瞬、軽く通電したかのような感覚。センター試験なんかより今この瞬間が、俺の人生の分水嶺。今を越えてずっとその先の人生を決める、勝負の一瞬だ……!
(((出るなら今だろ、「オーヴァー・ザ・タイムス(現在を越えて)」!)))
全身を駆けた電流が、指先から空中へ飛び出すようなイメージ。その瞬間、さっきよりもっと強固に『見えない腕』のイメージが形成された。金属の鎧じみた腕から、関節部を中心に天然水晶のような美しい結晶が広がっている。
この腕でやることは一つ。街に被害を出さず、もちろん満冴さんも傷つけない。それを達成するためには、ミサイルを掴んでそのまま明後日の方向に投げ飛ばすしか……ない!
【続く】
次回予告
「あの、これって一体……!」
「どのみち私の敵ではあるまい」
「できるのに逃げるほど!腰抜けに生まれた覚えもねぇんだよ!」
「強盗、誘拐……むしろ計画にない些事、避けたかったイレギュラーだよ」
「諦めたくないんですよ、今ここで」