俺の家に聖火が一時的に安置されることになって半年が過ぎた。
俺の家に聖火が一時的に安置されることになって半年が過ぎた。
万全を期すとの名目の元に「各都道府県に聖火を分散配置する」とした奇策は、果たして正解だった。反五輪主義者(ファイアファイター)による押し込み消火、他県の保持者との軋轢による聖火炉破壊、あるいは花の水やりに伴う鎮火事故……とにかく、「聖火保持者」は残り7人まで減った。
「お世話様です、体育振興課の山崎です。」
県のオリンピック担当部署の方からの定時連絡だ。
「オリーブの備蓄はどうですか?」
「あと3割ってところなので、来週辺りまた持ってきて貰えますか」
聖火はオリーブの薪で守るべし――伝統に沿ったやり方らしい。幸いうちの県はギリシャのどこかの街と姉妹都市協定を結んでおり、オリーブの在庫には事欠かない。どこかの県ではオリーブの薪が用意できず、「聖火拝受の大命を果たしかねる」として割腹自殺した人もいた。いつの時代だよ。
「わかりました。それともう一つ……」
山崎さんの話も気になるが、それ以上に外が騒がしい。
「すいません、ちょっと待っててもらっていいですか」
返事を待たず、俺は保留ボタンを押した。
「五輪反対!直ちに聖火を消火せよ!」
「聖火保持者は人でなし!」
「五輪より明日の仕事と飯が先!」
出やがった。反五輪主義者だ。頭のあるべき位置に泥水のような塊をたたえ、揃いの「千切れ五輪紋」を入れたTシャツを着ている。今日はざっと10人、うち消火器持ちが3人。このまま応戦するには分が悪い。
俺は聖火炉の前に立ち、「聖句」を唱える。
「煌々たる争いと調和の神よ、健やかなる身に健やかなる炎を分け与えよ。天地繋ぐ輪の下に、ここに禍断つ力を与えよ――」
左腕の聖具を通して俺の体に聖火が乗り移る。
「聖火保持者」の本領発揮だ。
聖火の力が満ちた勢いで窓を蹴破った俺は、そのまま飛び蹴りを先頭のFF(ファイアファイター)に捩じ込んだ。そのまま燃える右手を相手の頭に翳し、「蒸発」させる。思想と肉体から「黒い水」を消し飛ばせば、初期なら社会復帰も可能、らしい。
「おのれ聖火保持者!」
「大人しく聖火炉を差し出せ!」
FFは手に手に消化斧や消火器を構え、こちらににじり寄ってくる。
「そんなにこの火が欲しいかよ!」
トーチに聖具を翳し、ロックを解除。俺はそのままトーチを左右対称に割り開いた。格納された鎖が伸び、聖火がさらに激しく燃える。《双式聖火棍》。我が県に下賜された切り札だ。
「それならこいつで……分けてやる!」
トーチの片側から手を離し、全力で振る。聖火が火球となって跳ね……暴徒を襲う!
「ぎゃあああ!?」
「こんなはずじゃあ!」
頭部を焼かれたFFはのたうち回り、ただの人間に戻っていく。聖火球は順調に暴徒を焼き、1人を残すのみとなった。
「で?あんたはどうする?」
「まだ終わっておらん!聖火滅ぶべし!」
残党頭部の泥水がさらに濁り、膨れ上がったかと思うと、
「オゴアアアアーッ!!」
頭部から巨大な泥水の腕を吐き出し、殴りかかってきた。重度化、つまり後戻り出来ない状態だ。
俺は素早く聖火棍を投げ上げ、身を沈めながら走り込む。虚しく空を切る泥水腕を躱してスライディングし、重度FFの股をくぐった。
「背後が……ガラ空きなんだよ!」
両手の聖火を燃やし、その力でブレーキを掛ける。さらに力を込めて、跳躍。空中の聖火棍をもう一度掴み、そのまま振り下ろす。
「セイヤァァァッ!!」
脳天直撃、頭部発火、そして胴体に深々と聖火傷痕を刻み込む。そのまま重度FFは人型の炎と化し、やがて炭も残さず消滅した。
これが聖火保持者の本来の仕事、「聖火葬者」である。
「すいません、お待たせしました」
息を切らして再び電話に出る。
「もしかして……戦闘でしたか?」
山崎さんも『知っている側』の人間だ。
「戦闘手当とか……出ないですかね?」
「11月議会で提案する予定でして」
「年額……出してくださいね?」
聖火保持者として本当に情けないが、なんの手当もなしにやっていくのは難しい。全国唯一のアルバイター聖火保持者は、待遇面でも戦っていかねばならない……悲しいけれど。
【続……?】
これはなんですか
というわけで触発されて剣を抜きました。やっぱり楽しい。そして800字ルールは爆発四散しましたとさ。