【#くろぐだの奇妙な冒険 ヒトシ外伝】Over The Times:The First Track #5
(前回までの「Over The Times: The First Track」は!)
「出しておきながら何であるかも知らぬとは……嘆かわしい」
(((自分でも驚くほどの声が出た)))
「ああそうさ!さっきみたいにまた『立てなくしてやる』よ!」
「ゲームは、まだ終わらんぞ?」
7 1月15日(日) PM6:49
実家の床の間で、俺は目を覚ました。枕元には大叔父が、いつもの侠気を湛えた体で正座している。
「いいかヒトシ、引き際を見誤るな。勇気と蛮勇は全く異なるモンだ。でもな、引き際を知ってるふりして見て見ぬ振りするのはなァ、蛮勇見せて犬死するより男としてなお最悪ってもんよ」
大叔父の言葉が脳裏をかすめた。いつの日の言葉だったか、珍しく覚えている。10年前、近所の子をかばって6年生4人に1人で立ち向かった日のことだ。俺はなぜか学ラン姿、大叔父はここ一番でしか着なかった紋付袴姿。つまりこれは、夢か。
あの時はボコボコにされ、目を腫らし、おまけに片腕が折れていた。両親にはこっぴどく叱られ、おまけに謝りに行かせられる羽目になったが、大叔父だけは俺の無謀を多少なりとも評価してくれた。
「それによォ、誰かを守って付いた傷は全部漢の勲章よ。弱ェモンに手ェ挙げて勝ち誇るようなクソッタレよりお前のほうがよほど漢ってもんさ。だからよ……」
夢はそこで途切れた。傍らには大叔父ではなく、満冴さん。そして俺の右手首と満冴さんの左手首は木製の手錠で繋がれている。足元からは走行音。近くには「難波重工」の段ボール箱が積まれている。
「ここは……トラックの中?」
「はい、あの二人組の車とのことです」
満冴さんも無事では済まなかった。kazariの制服は煤け、ところどころ切れている。左腕をブロック塀の破片で切ったか、左腕から血が流れている。
あんな大見得切って守れなかったどころか、怪我までさせた上に二人仲良く捕まるとは。
「本当に……申し訳ありませんでした……!」
不甲斐なさのあまり、涙がこぼれた。こんな不甲斐ないザマを晒すか。
本当に今日は、人生最悪の
パ ァ ン
「え?」
「……まだ死ぬと決まったわけじゃ!」
パ ァ ン
「ないじゃないですか!!」
今日受けたどんな攻撃よりも、遥かに重い2連撃であった。満冴さんの平手打ちが、俺の頬を右に左にと打った。
「……!……満冴、さん……!」
「ごっ、ごめんなさい!こ、この、それは……」
「いえ、いいんです……はっ、ひぐっ……」
守ろうとした人に説教までされる。ここまでの惨めなザマも、人生そう何度も晒せたものではない。でも、今の俺には一番効くのが満冴さんの言葉であるのもまた事実だった。
「生きているうちにしか何事も成せませんし、命があるうちはいくらでも、何度でも、そしてなんだってできます。我が家の家訓のようなものです」
満冴さんの言葉には、借り物でもなんでもない重さがあった。トラックの幌からわずかに差す月光や街灯が、満冴さんの顔を照らす。さっきのふわふわした満冴さんともまた違う、決然とした眼差しだ。
「佐野崎家はかつて、この街を去ろうとしたことがありました。今から、20年は前のことになります」
本日2度目の暴露も、唐突に始まった。突っ込むこともできないまま、俺はただ聞く。
「父はもともと放蕩気味で、画家として稼いだ収入を殆ど散財してしまう人でした。稼ぎも出費も大きすぎて、金銭感覚が狂っていたのでしょう。怪しい儲け話でいらぬ身銭を切ることも、ざらだったと聞いています」
佐野崎家に画家がいたという話は聞いたこともない。もしかして俺は佐野崎の暗部を聞くことになるのではないか。
「満冴……さん」
「はい?」
「これ、最後まで聞いたらこの街から消されるやつですか」
「そんな怖いことできませんよ!……うっ!?」
左腕の傷が痛んだらしかった。それでも満冴さんの話は続く。
「父がそうした駄法螺話に付き合うことをおじいさまも大目には見ていましたが、終わりはおじいさまの予想以上に早かったのです。私が1歳にもならないうちに、父は儲け話と取材旅行を兼ねた旅に出たきり、戻ってはきませんでした」
さっき父母より先に祖父を挙げたのはそれが原因だったか。
「嫁いできた身の母の心労は、私でも想像がつきません。それから半年と経たずに、鬼籍に入ってしまいました」
そこから先は、聞かずとも想像は付く。曲がりなりにもT市の発展と共にあった旧家の一つ。その次期当主が失踪し、更に妻がこの世を去ったとなれば看板に付く傷は計り知れない。
「おばあさまを含めて、一族全員で何度も話し合いをし、一時は夜逃げも検討したと聞いています。しかし、最後はおじいさまの鶴の一声で佐野崎家はこの街に残ることになったのです」
「その時、おじいさまはなんて?」
「『諦めるな。明日ここにいる全員が死ぬわけでもなんでもない。命がある。人手もある。これだけいい条件があるのにむざむざ手放して逃げるのは、まだ早すぎる』……そう、おっしゃったそうです」
「諦めるな、か……」
20年前、一族の者へ向けて放たれた佐野崎家の当主の言葉が、時間も場所も超えて今俺に突き刺さっている。諦めるな。命はある。人手は……あると言い難いが、ありがたいことに『見えない腕』がある。向こうは腕4本、こっちは腕6本。しかもそのうち2本はこの場にあるどの腕よりも機敏に、容赦なく動く。「いい条件」ではないか。
「諦めるにも、手放して逃げるにも、まだ早い……そうですよね」
心を丁寧にもみ洗いされたような気分だった。言葉で腹は膨れない。だが、心には確かに染み入っている。ひび割れ、折れかけた心を金継ぎのように修復し、もう一度立ち上がるだけの力をくれる。
「満冴さん」
「はい?」
そして、俺は1人ではない。助けようとした人に助けを乞うのは、果たしてヒーローらしいと言えるだろうか。いや、ある意味ではヒーローらしいかもしれない。ヒーローであれ男子高校生であれ、本当に1人で立って1人で最後まで歩ききる事など、できはしないのだから。
「力と知恵を、貸してください。ここから二人して、生きて帰って、それだけじゃない、あいつらぶちのめしてしょっ引かせるための策を、一緒に考えてくれますか」
「……はい、一緒に考えましょう!」
満冴さんの返事に合わせるかのように、再び月光が差し込む。決然とした、それでいてふんわりとした笑顔。
「ところで……」
「はい?」
「まだ、ちゃんとあなたの名前を聞いていませんでしたね」
言われてみればそうだ。無銭飲食現行犯からはや2時間超、確かに面と向かって名乗ってはいなかった。ちゃんと自己紹介してほしい、ということだろう。
「俺は……俺は、ヒトシ。ヒーローに憧れる、ろくでもない高校3年生」
「ヒーロー?」
「そう、ヒーロー。泥臭いし行き当たりばったりだけど、それでも、誰かを守るために、俺にできることなら何だってしたい」
「ヒーロー……!いいですね、それ!」
満冴さんは右腕を前に出し、右手を握り込み、それから親指を立てて返してくれた。
そうだ。今ここから始める。この人の、満冴さんの笑顔を守りたい。
あんな連中のために、満冴さんが悲嘆に暮れるようなことがあってはならない。
笑顔を守るために、あの力を使いたい。
「自分だけのため」ではなく、理不尽に、暴虐に泣かされる誰かを守るために。
たとえどんなにヒーローらしくないとしても、それだけは破らない。
俺は無言で肯き返し、同じように親指を立てた。
【続く】
次回予告
「これ……山道の方に行ってるのは確かかも」
(((流石に佐野崎家、一条家とはまた別方面に格の違う話が飛び出す)))
「車で登る場合に夜泣き石公園まで行くことはできません」
「1、2……3ッ!」
「俺の腕も!俺の心も!そう簡単に折れてたまるかよ!!」
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