#土俵惨歌 荒神奉事七番勝負
第1話 呼び出しの時は来たれり
10月10日。
小結の破鍋関は、神妙な面持ちで土俵を睨んでいた。
普段の取り組みとは、あまりにも事情が違う。勝つための取り組みではなく、「奉ずる」為の取り組み。円形ではなく、片道二車線国道と同一規格の異常土俵。使い慣れたまわしではなく、「奉事」のために蓄えられた専用まわし。
そして、相手は西の横綱断舎里関。この「奉事」の主役である。
事は七日前に遡る。
金継親方から奉事への参加を求められた破鍋は動揺した。前回の奉事は28年前の「泡沫関事件」。忘れるはずもない。父である先代破鍋、生涯最後の大一番。四十九日に渡る奉事の末、先代破鍋を含む幕内力士4名が殉職。その上幕下力士37名が土俵面張力の破裂により命を落とした惨劇が、彼の脳裏を過ぎったのだ。
破鍋は故郷の花巻に帰り三日三晩悩んだ。負ければどうなるか。かつての奉事では取り組み後に正中から体を裂かれ右半身は津軽、左半身は喜界島で見つかった力士もいたという。勝ったとて、奉事の性質上来場所に支障を来すこと請け合い。
されど、彼に逃げる発想は彼になかった。鍋の焦げ付きと若手に笑われ、後輩は既に部屋を持った。それでも土俵にしがみつき、土俵の際にこびりつく。我が相撲は執念の中にあり。帰京した彼は自身に最も過酷な稽古を課し、全盛期と同程度に己が身を鍛え直した。
それでも、恐ろしい。いや、鍛えたからこそ恐ろしくなった。この身に巻いたまわしは荒神に神通力を奉じ儀式完遂の為の力をもたらす。それがあってもなお、俺は何秒耐えられるのか分からない。分からないけれど、やるしかない。我が相撲を、我が命を、あの荒ぶる神に叩き込む。
さて、時間一杯か。待ってろよ断舎里。神に弓引く我が相撲、お前に全てくれてやる。
【続く】
――謝辞――
本作品のアイディアは逆噴射相撲界の巨匠、お望月さん=サンの世界観構築があってのものです。深い謝意を。
【非実在力士名鑑について】
こちらの記事をご参照ください。血湧き肉躍る論理土俵の物語がここに。
https://togetter.com/li/1288739