紅茶はどこだ
「こうちゃ」の可能性爆発が起きてからそろそろ一月が経つ。紅茶やら抗茶やら鉱茶やら、街には「こうちゃ」が溢れ返っている。
職場の給湯室は大変なことになった。茶葉がが5:3:2の割合で梗茶と劫茶と高茶に変化して梗茶と高茶がコンタミを起こした。飲むと急激にハイになる高茶のせいで課長が緊急搬送された時はさすがに笑ったっけ。
「こうちゃ」パニックで世間が楽しいとはいえ、私も我慢の限界が近かった。折角先輩からもらった茶葉は全て荒茶に変わり、口の中が盛大に荒れた。コンビニとスーパーを探して回り、やっと見つけた紅茶はひったくりに盗まれた。
そろそろ本物の紅茶が飲みたい。
そう思いながらとぼとぼと歩く帰り道、私の耳に聞き捨てならぬ台詞が聞こえた。
「本物の『午後の紅茶』、24本限定で入荷しました!」
本物の、午後の、紅茶だと。今本当にそう言ったんだな。
二言はないんだな。甲茶や溝茶じゃないんだな。
私は踵を返し、脇目も振らずに走り出した。中高は800mで慣らした足だ。ちょっと衰えたくらいで、吼茶パワーでスプリントする高校生にも、慌茶パワーで止まれない近所のおばさまにも、負けてやる理由にはならない。
あと300。吼茶くんのタックルをかわす。
あと200。洪茶に流されて慌茶のおばさま自滅。
あと100。光茶による目潰しなら、もう慣れた。
入店、急ブレーキ、そのまま午後の紅茶を手に取り抱え込む。昔よく飲んだ無糖だ。
もみくちゃにされながら持たざる者達の総攻撃を潜り、レジへ向かう。
紅茶、こう、ぢゃ、ぐだざいぃ。
何故かレジが眩しい。手元もよく見えない。震えたままの声で叫ぶ。
店員さんに、店中の人に白眼視されてでも、こんなになってでも、私は飲みたかったんだ。
なんとかお金を払って店を飛び出し、そのまま蓋を開けて飲む。
喉にじわりと、いつもの味わいが広がる。
これだ、これだったんだ。私が取り戻したかったものは。
夕日に翳した久しぶりの午後の紅茶は、どういうわけかいつもよりまぶしく輝いていた。