捧げよ神輿を、その命を

「矢面半壊!」
「右陣見ろ右陣!食い込まれて……がァっ!?」
何故だ。
元町地区「神輿将」のハルヤは、愕然としていた。担ぎ手はまだ元気がある。しかし、戦いは最早個の力で制する次元でもなくなっていた。

美邦名物決闘神輿、その第一試合。
若い衆が手厚い元町の相手は優勝候補の浜浦と山深い大岳であった。大岳は若い衆もろくに揃わぬ弱体者。海の男が居並ぶ浜浦との決戦に余力を残せ。ハルヤの立てた作戦は、前回の決闘神輿なら有効であったろう。
異変は試合開始直後に起きた。浜浦の「矢面」が、大岳の矢面に包囲されたのである。鏃陣形を取って露払いに徹するのが矢面の定石。しかし、大岳はこれを取らなかった。
……正確には違う。大岳の矢面は、鏃陣形を「取れなかった」のである。

浜浦の「矢面将」手嶋は、すぐに気づいた。
足首を掴まれる。杖が飛ぶ。奇声が上がり、すぐ隣の若い衆はしきりに急所を殴られている。鏃崩さば神輿も崩す。先祖伝来の言い伝えは、意味をなさない。
「ぐあひュッ」
手嶋は己の喉から漏れた音を遅れて聞いた。
裂けている。何故。いつ。
正面の老人は、逆手に柳刃包丁を構えている。
富鮨の爺さんか。耄碌してから何年だ。
何が起きてやがる。
左手に元町の神輿を襲う老人達を見ながら、手嶋は事切れた。

開戦からわずか8分。浜浦は降伏したが、なおも大岳が追い回している。ハルヤの近くで担いでいた2人は、老人の投石で頭を割られた。
既に神輿の上では「乗り衆」が衝突している。単純な力比べなら、元町は負けない。まだいけるか。
「おめェら!もっと気合入れろ!」
ハルヤは気丈に声を張った。
「乗り衆に続……え」

みしい。


大岳の神輿が中から割れ、骨ばった手が伸びた。乗り衆が足首を掴まれ、神輿から落ちた。

まさか神輿にも人を詰めたのか。しかも酩酊している。
「オェェップ」
奇襲老人の赤ら顔を拝みながら、ハルヤの意識は遠のいていった。
【続く】



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