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マイ・ストロベリー・メモリーズ

少しまとまった原稿料が出た日の夕方、新聞社の仕事を終えた帰り道に寄ろうと、乗り換えの駅にあるケーキ屋さんを検索してみる。
学生街のその駅の近くには、あいにくコージーコーナーしかないことを知り、軽くため息をつく。
いろいろなお店でスイーツを食べてきた自分にとって、少し贅沢をしたいこんな日にはちょっと物足りないなと思いつつ、それでも、いつもと違う道を歩いて、お店へと向かいました。
ちょうど帰宅時間というのもあって、何人かのお客さんがケーキを選んでいるのを待ちながら、何を買うかなとショーケースを眺める。
昔と変わらないケーキに、最近並ぶようになったらしきケーキもあり、あれこれ迷いつつ、ちょっと欲張って選んだのは4つのケーキ。
それにしても1個が大きいよなあって、箱を受け取って再認識する。
だって普段買い物をする近所のケーキ屋さんだと、同じ数を買っても箱の大きさは半分だもの。
ちょっと買いすぎたなあと思いつつも、少しだけうきうきしながら家路につきました。

夕食を終えてヤフオクのアプリを開き、目当てにしていたロイヤルウースターのラヴィニアのカップやお皿を無事落札して、ホクホクしながらケーキの箱を冷蔵庫から取り出して箱を開けました。
コージーコーナーに行くなら必ず買おうと思ったナポレオンパイをお皿に乗せ、ナイフとフォークを添えて、飲み物はクルボアジェのブランデーを。
大きなケーキを少しずつ味わいながらブランデーをいただきつつ思い出したのは、まだコージーコーナーが少し贅沢なケーキ屋さんだった中学生の頃のことでした。

小学校卒業間際、中学受験に意味を見いだせなくなって勉強を途中で投げ出した頃、通っていた塾で別の学校に通う女の子たちに出会いました。
いつも仲良し2人で通っていて、2人とも同じ英語塾に通っているって話でした。
そのうちの1人、M子はおしゃまという言葉がぴったりくるような女の子で、どこかいつも背伸びしたところがあり、おしゃれで気取ったところのある子だったのだけど、私は中学時代、すごく影響を受けて育ったのでした。
たとえば私が人生の師だと言って憚らない佐野元春を教えてくれたのはM子だったし、初めてのライブに誘ってくれたのも彼女だったんです。
彼女たちが住む団地近くのミスドでお茶を飲むのが土曜日の過ごし方になっていた頃、少し背伸びしておしゃれなカフェに行ったりもしたっけ。
そんな彼女がコージーコーナーの話が出た時に、真っ先に言ったのは「やっぱりコージーコーナーといえばナポレオンパイでしょ!」だったのです。
当時は洒落たケーキ屋さんなんてそんなになくて、クラシカルなフランス菓子のお店が時々あるくらいで、コージーコーナーみたいなケーキ屋さんは珍しかったのです。
赤い看板とガラスの大きなショーケースに、甘い夢をそのまま形にしたような、アメリカンサイズの大きなケーキ。
ほどよい甘さで1つ食べるとしっかり満足できるコージーコーナーのケーキは、当時はちょっと特別なものだったのです。
わが家ではたまに母や伯母が買ってきてくれたりしたけれど、あまり登場することのないもので、おみやげにもらうとちょっとうれしいものでした。
その中でもナポレオンパイは少し値段が高くて、買う時にちょっと躊躇してしまうケーキのひとつ。
そんなこともあって、わが家では出てきたことがなかった一品でした。
それを1番にあげるM子はやっぱりおしゃまで背伸びの得意な女の子だったし、そんな彼女にちょっとした憧れを感じていたりもしたのです。

そんなことを思い出しながら、何年振りか思い出せないほど久しぶりのナポレオンパイ。
カスタードクリームを挟んだ、層をなしているパイの上には、たっぷりのいちごをゼリーで寄せてあって、ジェノワーズにたっぷりの生クリームがナッペされ、アーモンドスライスがあしらわれて。
どうしたってナイフがないと食べづらいよなあと思いながら、カットして口へ運べば、なんだか懐かしい味わいで、くすぐったいような気持ちになる。
洗練とかそういうキーワードとは程遠くて、いちごにかかった赤いゼリーも、なんだか昭和の薫りで、垢抜けない感じがなんとも言えない。
それでも1個食べるとちゃんと満足感があって、思い出も手伝ってあたたかい気持ちになるのです。
ミルフィーユの綺麗な食べ方ってどうすればいいのかなって話しながら、一緒にお茶を飲んだ時のことを思い出して懐かしく思いました。
M子はいま何をしているのかなぁなんて思います。
ショートケーキだといちごが1つ乗っているだけだから、いちごの特別感があるのだけど、ナポレオンパイはそうではないから、ケーキ全体がちょっと特別な感じで、いつもちょっぴり贅沢だなと思うのです。

ナポレオンパイとは別に、いちごを使ったスイーツというと、もうひとつ思い出すことがあります。
それは高校入試が終わった時、母がご褒美にご馳走してくれた、ストロベリーシャンテリーのこと。
合格祝いにおいしいスイーツを食べに連れていってあげると連れて行かれたのは、当時池袋駅構内にあった、ルノートルのサロン・ド・テでした。
駅の改札が近いところでもあったので、とても落ち着いているかといったらそうではなく、少しガサガサとした空気感ではあったのだけど、今思い出すとヨーロッパの洗練された雰囲気のインテリアで、母とふたり向き合ってお茶をいただきました。
お店で席につくと、母が「これがおいしいのよ」と頼んでくれたのがストロベリーシャンテリー。
母はコーヒーだけ、私は紅茶と一緒にいただきました。
コーヒーを飲みながら満足げに私を眺めていた、いつもとちょっと違う母の表情が印象に残っています。
そして、ストロベリーシャンテリーは、ガラスのシンプルな器に、ふんわりした香り豊かなクリームと、たっぷりのいちごがあしらわれていて、でも見た目もとても上品で、いつも食べるようなケーキ屋さんのお菓子や、喫茶店のいちごパフェとは一線を画しているのがよくわかるスイーツでした。
生クリームの甘さといちごの酸味のバランスが良くて、それを食べながら、「お母さんはおいしいものいろいろ知ってるよね」と言うと、「すぐにあなたの方がたくさんのお店を教えてくれるようになるわよ」って言われたのを、今でも思い出します。

いちごは普段も水洗いしたものをそのまま食べていたけれど、ケーキに乗っていたりとかで、ちょっとうれしいことがある日に食べる機会の多いフルーツでもあって、小さな頃から私にとって少し特別なものだし、思い出もその分多いことに気付かされました。
八百屋さんでいちごを買う時も、なんだか華やいだ気持ちになるし、今でもナポレオンパイの値段に一瞬怯むけれど、やっぱりスペシャルに変わりなく。
ショートケーキの上に乗ったいちごはやっぱり特別だし、最後まで取っておいて食べたくなるような、ハレの日感があるのです。
不思議ですよね。他の果物でもっと高価なものはたくさんあるし、それだって特別なのに、いちごはどこか格別な存在。
それはショートケーキで育った昭和の人間だからかも知れないけれど、そんな愛おしさを忘れずにいたいなと思わされます。

今度友達が部屋に訪れる日には、いちごを使った簡単なスイーツを何か用意したいなと思いました。
いちごは、きっと誰もがうれしい気分になる果物だから。
そんな魅力を気の置けない仲間とシェアできたら、その時間は特別なものになる気がします。

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