サクとシャク
「ねえ、ここ見て」
妙子が読んでいる漫画を指差した。
「無理、今いいところなの」
今流行りのYouTuberの動画を見ていた姉の佳衣が突っぱねる。
「いいからちょっと見てよ」
妙子は姉とスマホの間に漫画を差し込んできた。
「ほらここ、りんごを食べるときの音が『シャクシャク』だって!」
「…だから何?」
「いや、普通りんごを食べる音って『サクサク』じゃない?おかしくない?」
「おかしくないよ。普通でしょ」
「おかしいよー。『シャクシャク』なんてどっかの万博のキャラみたいだし」
「それは『ミャクミャク』でしょ」
「そんな音しないし」
「わかった!じゃあ食べてみよう、りんご。ちょうどお母さんが買ってきてたでしょ」
佳衣の部屋を出た二人は、階段を降りて一階の台所へ向かった。台所では、母親の正恵が昼ごはんで使った食器を洗っていた。
「お母さん、りんごちょうだい」
そう言い切る前に、妙子は冷蔵庫を開けてりんごを取り出した。
「え⁉︎さっき昼ごはんを食べたばかりじゃない。もうお腹がすいたの?」
「『シャクシャク』か『サクサク』か確かめるの」
「へ?」
「りんごを食べるときの音って『シャクシャク』だよね?」
「いやいや、サクサクだよ」
あーまたどうでもいいことで喧嘩してる…
正恵は大きくため息をついた。
「わかったわかった。りんご剥いてあげるから、二人で確認してごらん」
正恵は手際良く皮を剥いてくれた。
白い大きなお皿の上に並ぶ八つに切られたりんごたち。
佳衣と妙子は神妙な顔で唾を飲んだ。
「なんか緊張する…」
「絶対シャクシャクなんだから…」
一つずつ持ち、ゆっくりと口に含んだ。
「シャク(サク)」
「ほらーサクじゃんー」
「いやいやシャクって音したじゃん!」
「ちゃんと聞いてよお姉ちゃん!サクって音するじゃんか」
「いやいやシャクシャクだって!」
「いいかげんにしなさい!」
バン!と正恵は机を叩いた。飛び上がるりんごたち。
「よいこと?そういう擬音っていうのは人によって違うものなの!自分の考えを押し付けちゃダメ!わかった⁈」
「…はーい」
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