幸福度の総量増加のためのおばさん化
数年前から、うーん、もうちょっと最近かな?自分がかなり変わってきた。
そんなこと言っても知らん人が変わった、とか言われても知らんがな、でしょうけども。
以前は、機嫌の悪い女だった(と思う)。特に自分の部下に対しては、’愛されるよりも恐れられよ’と、大したこともないのにマキャベリみたいな考えで接してた。実際多少は恐れられてたんではなかろうか。
しかし、最近は変わった。部下にもそうだけど、生活する上で会う人々、多分それきりで会うことないかもしれない人たちにも、いつも優しく機嫌よく笑顔で接するようになった。
たとえば今朝クレカの件で問い合わせた電話オペレーターの女性、スーパーのレジの方、電車で目があったおばあさん、飛行機で隣の席に乗り合わせた若い学生、とかね。何かしてもらったら、笑顔でお礼をいう。客の立場でも毎日大変ですね、という気持ちを込めて対応する。
友達とか家族に対しては以前と同じなので、多分誰にも気づかれてないと思うんだけど、そうやって生きていると、感謝とか労い、労われ、とか、いろんな正の感情、ポジティブなものがそれぞれの場面で倍増するような気がするのよね。普段は香港暮らしだから、ほんとにサービスの悪い人、無表情な店員とかめっちゃザラだけど、それでもこちらがそんな感じでいると向こうも変わるのよね。(疲れてる時はそういつも機嫌よくはないんだけど。)
日本はほんとにホスピタリティが他の国にくらべて段違いだから、特に自然に感謝できる。香港や中国に出入りしてると、その感謝の念は倍増。空港でリムジンバスの荷物入れてくれる人とか、なんであんなに親切で丁寧なんだ日本!おもてなしの国やなあ〜。しみじみ。
なんでこういうふうに変わったかというと、その方が気持ちいいことに気づいたから。要するに自分のためなんだな。それに、いまのホワイト社会、部下にキレてる場合じゃないでしょ。訴えられるわ。
最近加速してきて、ちょっと相手のこと聞いてあげたり、おしゃべりしたりするようになってきた。話を続けるのは楽しい時だけだが。と、名前がわかる時は名前を呼んであげる。最初に名前をなのるテレフォンオペレーターとか、銀行やスーパーのサービス係とか、名札つけてるから。あと名前聞いてお礼いったり。
そうすると、得することもあるんだと気がついた。(これまでどれだけ損してたかなあ)みんな人間だから、感じの良い人にはよくしてあげたいよね、やっぱり。
お店や、銀行や、役所や、たくさんの人と毎日関わるけど、その人たちと短い時間でも楽しく時間を共有できた方が良いに決まってる。口角を上げてると自然に気持ちも楽しくなる。そうやって自分の周りの人たちに意識を向けてると、知らない人にもなにか関わりたくなったりする。ポケットから財布が落ちそうになってる人には、話しかけて教えてあげたり、ベビーカーで困ってる人がいたら助けてあげる。かわいい子供と目があったら、にっこり笑い返す。お母さんと会話する、犬の散歩のとき、同じ犬種の人に話しかける、、、あれれ?これってさあ、、、
そうだ、おばさん です。
若い時は、シャイなのもあるけど、見知らぬ人と積極的に関わったりしないですよね?むしろ話しかけてくる人がいたら
”自分とは違う生き物”
という目で無視、またはおざなりに答える。
いや、そうなんですよ。これは、まぎれもない おばさん化。
なんや、おばさんってなんであんなにしゃべってくんの?とか思ってたけど、それって自分の幸せ総量を増やしていく努力の過程で自然に起きてたことやったんやな。
そう思うと、まあ自分がそうだからだけど、全然嫌な感じしないな。あたりまえだけど。自分やからな、好きでやってるから。やっと自分がおばさんになって、おばさん、おじさんへの見方が変わった、というか理解できた。
世の中いくつになっても知らないことばかり。そして自分がごくごく一般的なおばさん化してきてたことに全く気づいてなかったことに愕然とした。(なんか自分は特別、みたいな気持ちがあったんやなあ、はずかしい。)
毎日が修行です。