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昼間の居酒屋にて(初創作)

花江には、1週間のうち3日は通う店がある。
それは「カラオケスナック エム」
夜ももちろんスナックとして営業しているが、昼の営業は暇を持て余す高齢者をターゲットにしている
昼間からやっている「カラオケスナック」である。

連日、客の途切れることの無い大盛況の店である。
昼間から繰り広げられる店内の様子は、老いらくの恋の花盛りで、一人の女性、一人の男性を巡って、恋のバトルも日常茶飯事だ。

夫を3年前に亡くし、毎日ぼんやりと過ごしていた花江を誘い出したのが、昔の職場での友人だった。
歌うことが大好きだった花江は、寂しさを紛らすかのように足繁く通うようになった。

夫の死後、お化粧もせずに、洋服も着たきりスズメで家に引きこもっていた3年間だった花江だが、店に通うようになり、おしゃれにも気遣うようになり、お化粧も徐々に派手になっていった。
店ではスタッフや客から「花ちゃん」と呼ばれ歌の上手な花江が人気者になるのに時間は掛からなかった。

客の中で、妻に先立たれて5年経つと言う、75歳の茂雄は特に花江を気に入って、花江が寡婦だと分かると強引に近づいて来た。
花江は73歳だが、化粧をしておしゃれをすると若く見えてケラケラとよく笑う可愛い73歳だ。

朝の9時から営業している「カラオケスナック エム」で茂雄も花江もひとしきり歌ってごきげんである。
「花ちゃん、腹減ってへんかぁ?近くの居酒屋がランチしてるさかい、そこで昼メシ食うか?」
「や〜茂ちゃん、奢ってくれるん?」
「当たり前やんか!コレでも男の端くれやで、女に金は出させへん!」

てな訳で、二人して徒歩3分の居酒屋へ移動。
ランチタイムで昼ごはんだけをサッサと食べて次々と客の回転の速い店である。
二人は店内の一番奥の席に座り、すっかり昼メシのことは忘れたかのように、居酒屋気分で、日本酒をジャンジャン飲み始めた。
夜は居酒屋だからメニューはどれも酒飲みにはたまらない肴がいっぱいだ。

二人はかなり酒が回って話声も段々大きくなった。
「もう一杯」茂雄は空になった徳利を振る。
花江はすかさず
「もう、飲み過ぎやで〜茂ちゃんやめとこぉ〜」
「もう一杯だけ」と茂雄は笑って言う。
その押し問答が数回繰り返されて、結局は追加の徳利を店員さんが運んでくる。
茂雄のボルテージも絶好調になり会話が弾ける。
「花ちゃん、メダカ知ってるか?メダカはオモロいで〜」
「そんなもん、メダカくらい知ってるわな」
「あのな?あのメダカな?小さい時はみんなメダカやけどな?メダカのまんまとちゃうねんで」

店内の対角線上の端っこに座っていた
人間観察大好物の私の耳がダンボになった。
「え???メダカが大きくなる?」
どえらい新説が居酒屋で聴ける???

茂雄の力説はますます大声になる。
「あのな?メダカは大きくならんとわからん!クジラになる可能性もある!
そやさかい、メダカはオモロい!」

私は食べていたカキフライを吹き出しそうになり、笑いを堪えるのに必死だった。
心の中で一所懸命にツッコミを入れる私。
「メダカは大人になってもメダカ!クジラになったらせっちゃんの飼ってるメダカの鉢えらいことになる!」

茂雄の力説はまるでトランプ大統領の演説のように自信満々で猛々しい。
それを花ちゃんは感心したかのように頷く。
「そなんや〜!メダカはクジラになるかも知れへんのやね〜めっちゃスゴイ事やね〜」
その言葉は余計に茂雄の演説に力が入る!

私はその場で大爆笑をしたかったけど
ひたすら我慢をした。

茂雄と花江の老いらくの恋はメダカの成長論の新説をも生み出す?

二人のやり取りを聴いていて、花江が人気者になる訳が分かったような気がした。

それは何を聴いても、絶対に反論しない。
相槌は心の底から真剣に打つ

71歳の私の学びの場は本日は昼間の居酒屋だった。

茂雄さんと花江さんに幸あれ。



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