「長屋プロジェクト」で障害者雇用を支えあう企業風土をつくる 社会保険労務士 脊尾大雅さん
自他尊重をベースにしたコミュニケーションスキルである「アサーション」を用いながら、ブラック企業再生と長屋プロジェクトに取り組んでいる、メンタルヘルスに精通した社会保険労務士、脊尾大雅さんにお話を伺いました。
<脊尾大雅(せお たいが)さんプロフィール>
出身地:千葉県
活動地域:東京
現在の活動:メンタルヘルスやコミュニケーションの観点からの労務管理や職場環境改善に向けて、就業規則作成や研修を行っている。また「長屋プロジェクト」を立ち上げ、障害者雇用を企業間で支えあうプラットフォームづくりを実践中。
座右の銘:人間万事塞翁が馬
より寛容で柔軟な社会の仕組みをつくること
記者 脊尾さんの夢・ビジョンを教えて頂けますか?
脊尾さん(以下、敬称略) 以前精神科で仕事していたときや、前職のカウンセリングやコンサルティング会社にいた時に、色々な事情で仕事ができなかったり、自分の人生を終えてしまう方をみてきました。それは、本人の選択ではあるけれど、社会や企業、組織、コミュニティというハード面が、もう少し柔軟だったり寛容だったりすれば、もうちょっと何とかなることが、多々あると思っていました。そんな、より柔軟な社会の仕組みをつくることが、社会保険労務士の役割だと思っています。
私がそういう風に思っているベースには、関わっている人や会社が、想いや志を持って行動しているんだけど、それが達成できなくて、病気になったり自殺したり、廃業したりするのではなく、それを達成することができるように、そこに自分達の専門分野が役に立つようにしたいと、ひたすらアイデアを考えています。
記者 では、目標や計画をお聞かせ頂けますか?
脊尾 一つ目は、明確な期限はないのですが、「ブラック企業再生」です。「ブラック企業」という言葉があまり好きじゃなくて。なぜかというと、言葉としてそれが存在して、その意味合いや定義が形成されていく中で、ブラック企業じゃない企業がブラック企業になっていくわけなんですよ。社会構成主義的な考え方ですよね。言葉が世界をつくって、認知されて、形作られて、カテゴライズされていく。
ということは、ああいう言葉が広まれば広まるほど、ブラック企業が増えるわけですよ。それで、私が嫌いな流れの一つは、ブラック企業を潰す、という考え方。
なぜ「ブラック企業再生」をするのか?
脊尾 ここは、語弊を生んでしまいやすいので正しくいうと、いわゆるブラック企業が存在していいとは思ってないんですよ。違う言い方すると、不適切な会社が存在していいとは思わないけど、そういうのを潰すと、新たな社会課題を生むわけですよ。たとえば、そこで雇用されている人が廃業して、再就職できなかったら家庭はどうなるかとか、子供さんがいたら教育はどうなるのかとか。もしかしたら貧困の連鎖が生まれるかもしれない。場合によっては犯罪にいくかもしれない。
そう考えると、企業の責任を労働者がとるというのは、私は違うと思うんです。ブラック企業は、基本的には「再生」だと思うんです。ただし、条件が二つあって、重大な問題を継続して生み出している会社は廃業。要は、社会課題を生み出し続けていくような会社、かつ、会計処理も含めて不適切なことをやっている会社はブラック企業といわれる会社だろうし、社会的な悪があるから、廃業やむなし。
もう一つは、経営者の考え方。社員との向き合い方があまりにも利己的だったり、社員に対して、たとえば、強制的な残業をさせるなどして不調者を生み出し続けるなら、そういう社長は、廃業ではなく退場ですね。それがブラック企業に対するわたしの関わり方です。
最終的に廃業や退場になってしまうにしても、基本的には再生を目指すのが私の考えですね。なぜかというと、社会保険も労働保険も、難しかったらわからないですよ。手続きを含めて。社長は想いを持って経営しているけど、人とどう関わっていいかわからなかったり、良い悪いの判断がつかないことなんて、山ほどあるので、それを全部ブラックだといったら気の毒だと。なので「ブラック企業再生」と言ってます。
日本の全企業に、障害のある方を雇用したらいい
あともう一つは、私の専門は障害者雇用なので、「すべての企業で障害のある方の雇用を」というコンセプトで、「長屋プロジェクト」というのをやっていてます。
この長屋プロジェクトは、現在の法律での雇用体制ではなく、日本の企業全体で、障害のある方を雇用していきましょうというプロジェクトになります。
国民の13.5人に1人は、何らかの障害を持っていると言われています。
日本には法定雇用率というのがあって、45.5人以上の社員・従業員がいたら、1人は障害者を雇用する義務があるんですよ。
記者 そうなんですね。
脊尾 この長屋プロジェクトは、45.5人は関係なく、日本の全企業に障害のある方を雇用したらいいという話です。障害を持っていることと、働けるかどうかは、別の軸なんですよね。障害を持っていても働ける人は山ほどいますし。たとえば発達障害があって、特徴的なこだわりがあったり、過度に集中してしまうのであれば、それは集中できるという特性でもある。そこを、いいあんばいがとれないから、集中し過ぎて疲労してしまったりするけど、あんばいの問題で、その人全体のマイナスではないんですよね。そう考えると、障害の有無は関係なくて。
日本全体でも2%の法定雇用率を満たない現状があって、一番定着率が高い発達障害者でも、1年後の定着率は7割になっています。
これは法人単位・一社単位で対応をしているから難しくなりますが、他社がどのようにしているのかを見に行ったり、個別に相談できるようなところがあれば、定着率は上がると思っています。採用に苦戦している中小企業にとって、障害の方を雇用するというのは、とても有効だと思います。
しかし、実際に雇用されていない企業が多いです。その理由を色々ヒアリングしてみると、その理由の一つとして、「どう関わっていいかがわからない」というのが多いことがわかりました。もう一つは、「正しい知識がない」。
精神障害と聞くと、とんでもない状況をイメージしている人もいて、実際の障害の方とはかけ離れたことをイメージされて、どう接していいのかわからないと思われている方もいます。
そんな方が正しい知識を得れば、障害のある方も雇用の対象になると考えています。
障害者雇用をお互い支えあう企業風土をつくっていきたい
ただ、「雇用してください」と丸投げすると、おそらく企業はしんどいので、「長屋プロジェクト」では、それをカバーしていこう・サポートしあっていこうということをしていきます。今考えているのは、会員の企業がお互いに支援しあっていくことです。
たとえば、お互いの会社にインターンをしあって、支援の仕方を勉強したり、体験できるようにします。そのあとに個別サポートしていきます。インターンを通して手足を動かして、イメージを持った状態になっているので、すごくサポートしやすいんです。私たちはインターンのコーディネートもしているので、会社が持っている課題を解決するために、A社さんはB社さんに行った方がいい、といった提案をしていきます。
記者 サポートするのは、障害のある方を採用して困っている企業ですか?それとも、採用できなくて困ってる企業ですか?
脊尾 全部含まれますね。提携機関は、障害のある方の採用エージェントをやっている会社もあれば、定着を支援する会社もあります。要するに、法人単位でがんばってくださいというのではなく、企業がバックアップしていく。
ただそれを、任意発生的に勉強会などをしてサポートしあうアライアンスを組んでも、なかなか続かないので、私たちは契約ベースでお金を頂いてやる。その代わり支援者にお金を払う。
そうやって、支えあいながら、解決方法を共有していって、それがソリューションのデータになっていったら、後発の会社にはどんどんそれを示しますし、インターンで学んで実践してできるようになった会社には、どんどん新しく加入してきた方々のインターンの受け入れをしてほしいんです。サポートしあう連鎖をつくれるように。
この長屋プロジェクトは、15年で潰そうと思っています。15年経ったときには、日本が、契約しなくてもサポートしあうのが当たり前の社会になっているというねらいです。15年で、契約に関係なく、日本には障害者雇用をお互い支えあう企業風土ができているね、というムードをつくっていきたいと思っています。
2019年中に30社の契約を目指しています。今のところ、北海道、東京、名古屋、大阪、京都、福岡、高知、沖縄で展開を考えてます。インターンしあうので、あくまでもこれは、地域モデルで存在しないといけないんですよ。テレワークで障害者雇用をしているところはいっぱいあるので、そのネットワークをつくることも考えています。
FAXの1台目を買うような奇特な経営者と出会っていきたいです(笑)。僕は超楽観的ですよ。できるイメージしかないので。
違いを理解し、葛藤を乗り越えて歩み寄る「アサーション」の普及
記者 日々どんな活動をしていますか?
脊尾 企業の労務対応のサポート全般と、障害者雇用されてる方のサポートをしてます。あと、アサーションの普及は私の人生の軸にあります。アサーションは、自分も他人も尊重するという考え方で、もともと心理療法、行動療法から始まったんですね。「自分のこと言っちゃいけないんじゃないか」と思ってる人には、「言っていいんだよ」という後押しをするもので、逆に、言い過ぎちゃう人には、相手のことを尊重しましょうよと。
キーワードは、自他尊重なんですが、その前提は、自分と他人は違うということを理解することで、違うということは、人と関わるときに葛藤が生じるわけですね。相手の考え方が違うと思ったとき、自分の正義を押し付けあっていたら何も生まれないけど、「そういう考え方もあるんですね。でも私はこう思うんです」「じゃあどうしようか」と、そういう話をしていくのがアサーションなんです。葛藤を抱えて、人との違いを理解して、どう歩み寄るか。それが企業や世の中の前提にあれば、余計な犯罪は起きづらいと思うんです。
2017年から中学校で、2018年には小学校4年生でアサーションの授業をやったんです。私は最終的には幼稚園からやりたいと思ってます。小さい頃から、人と違うことは当たり前、葛藤を感じるのも当たり前、そこからお互い仲良くなっていくことを覚えれば、企業で起きている人間関係のストレスは確実に減ると思います。
記者 今のお仕事をするようになったきっかけは、何ですか?
脊尾 みんな病気になったときに病院に行くのですが、依存症は治らないの、病院に行った時点で、「治りませんよ」と言われる現状って、あまり意味ないなと思って。予防的なことをした方がいいなと思って、カウンセリングや職場環境改善のコンサルティングをしている会社に移ったんです。病気になる前の健康な段階で人と関わりたいと思っていたので。
そこに行ったけれど、より多くの企業に深く関わって支援をするためには、もっと小回りが利く動き方をしないと、届かないと思ったんです。日本の99%が中小企業だということを考えると、もっと多くのところと接点を持つためには、社会保険労務士になって事務所をつくってやったほうがいいと思って。
今まで培ったこととまったく違うことをやるわけではなく、それを柱にして、社労士の独占業務を合わせてやっていくコンセプトにすると企業全体をサポートできる、という考え方ですね。
記者 座右の銘を教えてください。
脊尾 「人間万事塞翁が馬」。良かったときは気を引き締めて、悪かったときは楽観的にということです。私の会社は、現在4期目ですが、1期目は赤字でした。でも、そこで後ろ向きになっても仕方ないので、いろんなこと考えて行動をしたら、2期目は黒字になり、累積赤字もなくなり、3期目に黒字になりました。自分の人生を省みた時に、この言葉がとてもしっくりきます。
記者 最後に読者へのメッセージをお願いします。
脊尾 自分の信念、信じた道をいかに一貫して進んでいけるかが大切だと思います。「一貫性」というテーマは非常に重要で、一貫性がないと人に信頼されないからです。しかし、一貫性がブレてしまうこともあります。
でも、多少困難があっても、あきめないで軌道修正して結果が出るまで続けていくことが、とても大切だと思います。
記者 素晴らしいお話、ありがとうございました!
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脊尾大雅さんの情報はこちら↓↓↓
●ホームページ 秋葉原社会保険労務士事務所 http://www.aso-ex.jp
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【編集後記】
今回のインタビューを担当した陣内、福井です。脊尾さんのお話を通して、福祉の現状をより具体的に知ることができ、とても勉強になりました。また、「長屋プロジェクト」の話を聞いて、これは本当に日本に広がってほしいと思いました。脊尾さんご自身も、障害を持っている方の採用を実践されています。一貫性のある生き方をしていて素晴らしいですよね。今後の更なるご活躍、応援しています!
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この記事は、リライズ・ニュースマガジン”美しい時代を創る人達”にも掲載されています。
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