「なんで生きてるかわからない人和泉澄25歳」感想 分からなくても死ななくていい
以前紹介した「なんで生きてるかわからない人和泉澄25歳」読み終えました.
とても良かったです.
タイトルの通りなんで生きてるんだろうと考えてしまう人,
明日がこなければいいのにと思っている人,
このままだといつかダメになるという漠然とした不安のある人,
こんなに辛い思いをして生きていかないといけないならいますぐ死んじゃいたいなと思っている人,
よかったら一度読んでみてほしい.
ちょうどいま日曜の深夜で明日が憂鬱な人も多いと思うのでね.
萌え漫画風のふわふわした絵柄で,描写もどちらかというと男性向けかな?というシーンもあるけどほとんど気にせず読めるよ.
なんで生きてるんだろう
「なんで生きてるんだろう」というパンドラの箱を開けた澄ちゃんはどうなるのだろうと思っていたら,状況は意外なほどどうにもなったりしなかった.変わったことといえば花を植えたくらいでしょうか.
あれだけ考えて勇気を出したのに最後はこんなにも淡い希望なんだなあとも思ったけど,例えば澄ちゃんが転職したり,何か生きがいを見つけたり,…とあまりにも前に進んでしまったら,なんで生きてるのかわからない我々読者たちは置いていかれたような気持ちになるものね.
「なんで生きてるんだろう」に向き合ったとしても,奏ちゃんという心の繊細な部分で共感し合えた友人に出会えたとしても,それは現実を変えるほどの力は持たない.
でも,そこから生まれた心の変化は,少しずつ表面に現れて,未来を変えていけるかもしれない.
澄ちゃんの見出した希望は確信のあるものではないし,また「なんで生きてるんだろう」と思う日が来るかもしれないけれど,
今回一筋の希望を見出せたように,澄ちゃんはちゃんと生きていけるんじゃないかなと思います.
必要なのは,死にたいと思わなくなる屈強なメンタルではなく,死にたいとかなんで生きてるんだろうとか考えてしまっても大丈夫,という安心感なのかもしれない.
少しずつ真っ暗な未来に進んでいる
澄ちゃん奏ちゃんが「なんで私生きてるんだろう」と考え始めた経緯を見ると,
澄ちゃんは「何かやりたいと思いつつも ただ時間を浪費している 少しずつ真っ暗な未来に進んでいるとわかっているのに放置している」(1話)
奏ちゃんは「そのままふわふわ1年5年10年と経過した時 間違いなくそこには今の私より優れている部分が何もない…ただ劣化した私がいる」(13話)
と独白していて,このままじゃダメになるという考えはじわじわと心を蝕むものなんでしょうね.
このままじゃいけない(ただ座ってるだけじゃどうにもならない)と考えてしまう状況といえば,例えば受験,就活,…が思い浮かぶ.澄ちゃん奏ちゃんのようにフリーターとして働いている人も,いつかは正社員にならないと(だから今のままじゃダメだ)と考えるのが一般的だと思う.
これらは確かに,頑張りどころ,やるしかない,悩んでるくらいなら動け,と言われがちで,それは確かに正論なんだけど,正論が人を救うわけじゃない.
今の一瞬の行動がその後の人生何十年を決めてしまうかもしれない,今頑張らないともうだめだ,と思ってしまうの,救いがなくて,逃げ場もなくて,辛い.
ちょっと余談.
「今の自分を受け入れられないってことは,すぐに次の目標を見つけられて成長できるってことだから寧ろいいことじゃない?」
という誰かの言葉を思い出した.
個人的には違う考えを持ってる.
自分を受け入れられない状況は,
「これが出来るようになればもっと世界が広がる」ではなく
「これさえできなかったらもう自分はおしまいだ」という後ろ向きなモチベーションだと思う.
今のままじゃダメになると思っているから,恐怖に追い立てられるように努力する.何とか目標を達成した時に束の間の安心感を得る.でも基本的に自分を受け入れられないから,その「何とか目標を達成した自分」でさえもすぐに受け入れられなくなる.そして次なる「これが出来なかったら死ぬしかない」課題を見つける.失敗する恐怖に怯えながら努力する.達成する.一瞬安心する.すごく疲れる.また不安になる.泣きながら頑張る.……….
そんなことの繰り返しが持続する訳もなく,体か心のどちらかが壊れる.
私ってすぐ癖がついちゃうから また休んじゃうかも
澄ちゃんってどんな子なんだろう.
頭痛で数年ぶりに仕事を休んだ澄ちゃんは,学校を休むなんてありえない,体調不良は自己管理が出来ていないからだ,と考えていた高校時代の自分と対話する.(4話)
女子高生澄ちゃんは背中を押してくれたけど,「でもちょっと心配 私ってすぐ癖がついちゃうから また休んじゃうかも」と言っていたのは,一度頑張るのをやめたら全部無駄になってしまうと考えているからなのかな.
少しでも道を踏み外したらもう取り返しがつかないという恐怖.
よくわからないことで深刻に悩むようになったのは就職してから(14話)と澄ちゃんは言っていたけど,もっと前から少し無理をした生き方をしていて,その歪みが就職をきっかけにどうにもならなくなっちゃったんじゃないかな.
都合の悪いタイミングで出会ってしまった常連さんや子供たちにネガティブな感情を抱き,そんな感情を抱いてしまった自分を責める澄ちゃん.(8話)
人に怒らないのは,店長のように相手を思ってではなく,嫌われたくないという自己中心的な理由であることに罪悪感を抱く澄ちゃん.(20話)
澄ちゃん,自分の心に誠実でありたいと思っていたんだね.
ずっと頑張ってきたんだね.
何でもいいから誰かに選ばれたかった
奏ちゃんが社員を目指す話が進んでいたことを知る澄ちゃん.
毎日わずかな気力で生きてる澄ちゃんにも悔しいという感情があるのが意外だったけど(26話),
よく考えたら,「なんで生きてるんだろう=(誰かに)生きる意味を与えてほしい=何でもいいから誰かに選ばれたかった(25話)」という感情に繋がるわけで,承認欲求というか人から拒絶されたと感じた時の反応は人一倍なんだよね.
誰からも選ばれない悔しさと虚無感は痛い程分かるので冷静に読めない.
誰かが選んでくれる自分じゃないと価値を見出せないから誰か自分の代わりに価値を見出してほしい.そうしないと生きてていい理由がない.
選ばれないのは自分が努力してないから?そうかもしれない.でも今は異常さを隠して生きるのに精一杯でそれ以上の事できない.これ以上頑張らないと生きていけない社会ならもう死にたい.
仕事は仕事だけど体はそれ以上に大事だからね
店長曰く「和泉さんはほんと顔に出やすいよね」(17話)とのことなので,奏ちゃんだけが社員に選ばれて落ち込んでいた事,気づいていたんじゃないかなぁ.
店長すごく理解のある人だなぁと思う.
澄ちゃんが欠勤連絡した時も怒らないし,後で「仕事は仕事だけど体はそれ以上に大事だからね 和泉さんがしっかり治して またここに来てくれたなら それで十分よ」(10話)と言える人だし,
澄ちゃん奏ちゃんの「なんで生きてるんだろう」という悩みに対して「人によって考える原因はいろいろあるんだから 大事なのはそれをどう処理するかじゃない?」「また何かあったら相談にのるからさ いつでも聞いてよ」(13話)なんて言ってくれる.
普通バイト先の店長とここまで信頼関係築けないんじゃないだろうか.
ただ,澄ちゃんが欠勤連絡のために店長に電話をかけた際,「あの反応…仮病だと思われたかな」「どうして電話越しの声ってあんなに怖いの」(3話)と思っていて,
店長の懐の深さに対して澄ちゃんはあまり安心感を持てていないのが,すれ違いみたいでちょっと寂しい.
会社員時代でも似た場面があって,
「厳しかった上司がなんとなく優しくなった気がして怖い」「同僚の優しさが逆に怖い」「できない私を馬鹿にする何もかもが怖い」(14話)と独白しているけど,これも別に裏があるわけじゃなくて,本当に心配していただけかもしれないよなぁと思った.
澄ちゃんがもっと他人に対して安心できますように.
あの時一緒にここに来てくれたから今の私があるんです
澄ちゃんと同じ悩みを共有する奏ちゃん.
でも意外と澄ちゃんをドギマギさせたりうっかり嬉しくない行動したりすることも多い.
連休最終日に澄ちゃんに電話をして「できることならそっとしておいてほしかった」と思われたり(9話),
「とりあえず話合わせて今をやり過ごせばいいとか思われてたらどうしようって 私 ちょっと不安です」と突然の火の玉ストレートを浴びせて動揺させたり(11話),
遊びに行く際に車を出して「いらないサプライズだ…」「やっぱり一人で行けばよかったかも…」と思われたり(18話),
極めつけは,元旦の夜お互い気づかずにすれ違った際,澄ちゃんに「夜なのに騒がしいなぁ…」「迷惑だって気づかないのかな」とまで思われている(24話).
勿論奏ちゃんに常識がないわけではなく,性格的には本来澄ちゃんと親しくなるタイプではないんだろうなと思われる.
だからこそ,この物語は澄ちゃんの悩みを主題として描かれているけれど,
本来交わるはずのなかった澄ちゃんと奏ちゃんが,(経緯は必ずしも幸せなものではないけれど)分かり合える大切な存在として巡り合うことができた物語でもあるんじゃないかなと思った.
この先2人とも自分で自分の世界を変えて,なんで生きてるんだろうとも考えなくなるかもしれない.
その時2人は遠く離れた場所にいるかもしれない.
でも,本来出会わなかったはずの2人が巡り会えた奇跡の時間が,これからも2人の生きる糧になるんじゃないかと思う.
変われないなら変わらないところを好きになったほうが楽だって
おまけの店長のはなし.
店長お気に入りなんです.従業員に対する懐の深さも,一人の時間が好きな所も,ピアスがおしゃれな所も.
ちょっと話ずれるけど,恋人の形って今は色々あるし,あえて一緒に暮らさないっていう選択もあるから,例の彼とまた何か関係を作れたらいいなぁと思っている.
今でも好きって言えるの素敵だと思う.
おわりに
長くなってしまった.
繰り返しになってしまうけれど,自分がなんで生きてるのかわからない人,明日がくるくらいならいっそ死んじゃおうかなと思っている人,辛さと怖さの凶器に刺されて心が血を流しているのを感じる人,死のうとする前に一度読んでみてほしい.
「なんで生きているのか」の答えは容易には出ないし,読み終わってからもまた悩むことがあるかもしれないけれど,
コーヒーとか,ハンバーグとか,ねぎまとか,お花とか,そんなものに心を癒されながら,
寄り道しながら生きていっていいんだと,今すぐ死ぬだけが選択肢じゃないと,
そのことを心に持っていたい.
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2020.11.16追記
こちらでいくつか読めます
ここまで読んでくれたあなたがだいすき!