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【HEAR公式シナリオ】水底のミーナへ【ミタヒツヒト@超水道】

ひあひあ~!
「声で”好き”を発信したい人」のための音声投稿サイト、HEAR(ヒアー)公式です。

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シナリオ作者: ミタヒツヒト(超水道) https://twitter.com/hitsuhito
シナリオ引用元: HEAR公式シナリオ https://note.com/hear/n/n74f4e88fd863

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・複数人向けのシナリオを1人で読んでも構いません。
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『水底のミーナへ』本文

『わたしたちの無限の可能性について』
そんな抽象的なテーマのレポートが、特待生の選抜課題だった。
この手のレポートの課題というのは、どうしていつもこうなのだろう。
提出は来週だというのに、まだ一文字もレポートを進めることができていない。
「アーラン、もう閉店だよ」
顔を上げると、バーガーショップの制服を着た、ぼくと同じ十五歳の少年——トランクがいた。
彼の実家でありバイト先でもあるバーガーショップで勉強や課題をこなすのが、ぼくのいつものやり方だった。
気付けば客はぼくだけになっていて、店内放送は営業時間の終わりを告げていた。
「早くしないと海が来ちまう。早く店じまいしないと、海の底で一晩だぜ」
締め切られたバーガーショップで一晩を過ごすのは嫌だ。ぼくは急いでノートや筆記具を片付けにかかる。
「特別優秀生徒も大変だね」
「まだ決まったわけじゃないよ」
「ほぼ確定みたいなもんだろ。特待枠ならタダで都会の学校行けて、そうすりゃ政治家とかお偉いさんになれるんだ」
「それってそんなにいいことかな?」
「まー、将来バーガー屋になるしかないオレにはメチャ羨ましいよ。ウチなんて、地元のハイにだって行かせてもらえるかわからんし」
「あ、ごめん、そういうつもりじゃなくて。あとごめん、あの、できたら、」
「はいはい、ビニール袋な」
「ありがとう。今日は家がちょっと騒がしくて、急いで出てきたから、浮き、忘れちゃって」
「そうか。どうせ余りモンだし構わんさ。その代わり、お偉いさんになったらウチの店の税金、安くしてな」
「だから、まだわかんないって」
「期待してるぜ、アーラン大先生!」
トランクとそんなやりとりをして、店のドアをくぐった。
トランクの家は三代続く『由緒ある』バーガーショップで、実年齢よりもずっと大人びていて、そういうところが安らげる男だった。
他の学友たちからは、「他の人間を見下している」だとか、「何を考えているかわからない」と陰口を叩かれているぼくにも、分け隔て無く接してくれる。
実際、同い年の連中が間抜けばかりなのは本当だし、そんな連中に感情を浪費する必要なんて、ない。



店のステップを降りると、我らが田舎町、フランクフィールドは、ちょうどぼくの足首のあたりまで水に浸かっていた。
八月の水は足が速い。他の季節より早く建物の密閉を始めないと、建物がだめになってしまう危険があった。
それもこれも、遠い昔に起きた戦争のせいらしい。世界を二つに分けたその戦争以来、海は「歩く」ようになった。
陸地のほとんどが、昼は陸地、夜は浅い海という、半陸半海の世界に変貌した。
人類は数を大きく減らしたけれど、なんとか生き残った。
地上のインフラを活用しなければならない企業、役所、学校などは昼の間だけ開き、夜になると密閉されて海の底に沈む。
人間は水上のボートハウスを生活の場として、海と共に生きるように、生活を変化させた。それがずっと、何百年と続いている。
フランクフィールドは、かつての世界の『沿岸部』に相当する町で、その名残か漁業が盛んだった。魚は美味しいけれど、裏を返せば、それ以外は何もない。
気が付けば、海はもう腰の高さまで来ていた。こうなると、もう歩くよりも泳いだ方が速い。
「これでよし、と」
トランクから貰ったビニール袋を結んで、簡易な浮き袋にする。浮き袋さえあれば、家までの数マイルくらい余裕で泳げる。
もう遅い時間だったけれど、別に、急いで帰る必要もない。
母さんはぼくのことなんて気にしないだろう。
町の中心部から半マイルも離れてしまうと、辺りはすっかり寂しくなる。この辺りの水底には海産物の食品加工場が沈んでいる。工場地帯だから、ボートハウスもない。
番地表示を兼ねたライトポールを目印に、ただ泳ぐだけだ。
海水はインクのように真っ黒で、耳に届くのは自分がかきわけた水の音だけ。黙々と水をかいていると、つい、彼女のことを考えてしまう。
ミーナ。
ぼくのミーナ。
ミーナがいなくなった日。
その日からずっと、ぼくは何もできないでいる。



無心になって泳いでいると、遠くに七色の灯りが見えた。その灯りはすぐに近づいてきて、それがボートハウスだとわかった。
ボートハウスとは言ってもぼくらの住むような浮きのついたコンテナではなくて、動力付きの、本物のボートだ。
傷一つ無い真っ白な船体。船縁には金色の装飾が輝いていて、舳先で悪趣味な女神の像が七色に光っている。
間違えようもない。このへんでは有名な、引退した経営者、金持ちタリモじいさんの船。
禿げた頭とトレードマークのアロハシャツ、それから夜でも外さないサングラスが船縁から覗いた。
「アーラン坊やじゃないか!どうした!」
「別に! 勉強してた!」
じいさんは都会の出身で、何を思ったか二十代半ばにしてこの町の網元の座を金で買い叩いた。そして、寂れた漁師町に過ぎなかったフランクフィールドに海産物の食品加工場を建設し、水産加工という新しい産業をこの町にもたらして、それからこの町はだいぶ良くなったらしい。彼はいわゆる、地元の名士というやつだった。
もうぼくが生まれた年には既に息子に商売を任せて、自分は豪華なボートで悠々自適に暮らし、その年に生まれた孫を溺愛することに命を懸けていた。
その孫がミーナだった。
もういないミーナだ。
「ヒマならちょっと上がって行かんか」



ぼくはタリモじいさんに誘われるまま甲板に上がって、じいさんが出してくれたジンジャーエールの栓を抜いていた。
じいさんは安楽椅子に座って、半ズボンから突き出た枯れ枝のような両足を夜風に晒して、上機嫌に身体を前後に揺らしていた。前に会ったときよりも少し痩せて、顔色も悪くなっているような気がした。
「おっ、坊や、辛口のジンジャーエールも飲めるようになったのか」
「もう十五歳だ。坊やって歳じゃないよ」
「ハッハッハ、すまんな。そうか、もう十五か……」
タリモじいさんとはミーナと出会った五年前からの知り合いで、ぼくの家庭事情も知っていたから、ぼくを無理矢理家まで帰すようなことはしなかった。
ミーナは美しい子だった。いつでも夏の太陽のように輝いていて、春先の波みたいに活発だった。
そして、とてもばかだった。こっそり盗み見た成績表によれば、四年生の時点で、ミーナはまだ二年生で習う内容すらろくに理解できていなかった。
いつも現実と夢の境が曖昧な世界で生きていて、空想の一部までを現実として話す彼女の言葉にはいつも不思議な説得力があって、周りを混乱させた。
でも後からそれはやはり空想だったとわかって、うそつきミーナなんて心ないあだ名をつけられて。
彼女にとって学校は無価値な苦痛でしかなくて、それは当時、低レベルなクラスに辟易しながら七年生の内容を自主学習していたぼくにとっても同じで。
二人でよく学校をさぼった。日が沈むともう一度集まって、ミーナの家が持っている小舟で、秘密の船旅をした。
小舟の上で、ミーナはいつも海の彼方を見つめていた。その瞳のきらめきを知っているのは、きっとぼくだけだ。


「ねえアーラン、あの向こうに——」



「その、どうするんだ、特待生のテストは」
じいさんが出し抜けに投げかけた質問に、ぼくは我に返った。
「まだわかんないよ、とりあえずテストは受けると思うけど」
「チャンスがあるんだ、乗っかれば良かろう。都会はいいぞ。夜になっても海がやってこないからな!」
「別に今だって困ってないし」
「……アーラン。ミーナのことを気にしてるんなら、あれは、もういいんだぞ」
ミーナの名前を聞いた途端、手のひらにどっと汗が噴き出てきた。顔が熱い。鼓動が早まる。
「お前は期待を背負ってる。期待にも十分、応えられるだろう。ミーナのことを引きずって人生を棒に振るのは——」
その先は、聞こえなかった。
顔と手のひらが熱くなって、血が沸騰したみたいに全身をかけめぐった。血管が音を立ててはじけそうで、痛い。
だって、ミーナは、戻ってくるかもしれないじゃないか。
海の向こうから、ミーナとぼくの小舟いっぱいに金銀財宝と不老不死の果実を積み込んで。
「『海のねどこ』の向こうには、黄金の島があって、そこに生えている木の実を食べるとね、永遠の命が手に入るんですって!」
どこから聞きつけてきたのか、ある日、ミーナがそんなことを言い出した。
人類を浸食する海が、昼になると帰ってゆく場所。激しい海流と嵐によって誰も近づくことのできない『海のねどこ』のさらに中心には、楽園があるのだと。
ぼくは笑って、相手にしなかった。タリモじいさん含め、周りの誰もがそうしたと思う。
ミーナもわかってくれたと思っていた。彼女の母さんが倒れるまでは、特に問題なかった。
ミーナの母さんはミーナを産んだのを境にとても病弱になってしまって、ぼくらが六年生のあるとき、容態がとても悪くなった。
その日の真夜中、ミーナはぼくの家のボートをこっそりと訪ねてきて、そして言った。『一緒に行こう、アーラン。楽園に行って、果実を取ってくるの。そうすればママも——』
ミーナは泣いていた。ぼくも涙を流した。それはミーナの愚かさと、ミーナの涙を止めることができないぼく自身への悔しさの涙だった。
ぼくは楽園がおとぎ話だということを懇々と説明して、ミーナを家に帰した。それが最後の思い出になるとは、ちっとも思わなかった。
ミーナは一人で船を出したのだ。ありもしない伝説の楽園を目指して。ばかなミーナは、ぼくの話よりも幻想を選んだ。
捜索艇がたくさん出たけれど、ミーナは見つからなかった。ミーナの母さんも、結局、死んだ。
その時、ぼくは、終わった。それ以上どうなることもできなくなった。
できることは、ミーナの帰りをここで待つことだけ。
ミーナの信じた幻を信じて待つことだけ。



「考えてることがあるんだ、聞いてくれ」
タリモじいさんが、安楽椅子の上で前のめりになって、ぼくの目を覗き込んだ。心なしか、顔色に血の気が戻っているように見えた——興奮しているんだ。
「坊や、お前さえ良けりゃ、ワシらで、ミーナを探しに行かんか! 金ならある。海洋警察はワシがコネでどかせる、どうだ」
「ミーナは死んだよ。そんなの、みんなわかってる」
「諦められないんだよ。ワシの娘も、ミルヴァも最期まで『ミーナを迎えに行ってあげて』と言っていた。だからワシは捜索に出続けて、結局、あいつの死に目に合えなかった! お前も後悔しているんだろう!?」
拳を握り締める。そうしないとこの老人を殴ってしまいそうだった。
ぼくの心の中を勝手に覗き込んで、勝手に知った気になるな。
誰とも分かち合う気はない。この気持ちはぼくだけのものだ。
「はっきり言ってこれはとても愚かな挑戦だよ。死にに行くようなもんだ。でも、そうでもしないと、ワシも坊やも踏ん切りがつかないんじゃないのか? そうだろ!?」
タリモじいさんの提案は、とても魅力的だ。でもだめなんだ。
ぼくのミーナはぼくが見つけなきゃだめなんだ。
そして、この執着を誰かの前で露わにするのも、同じくらいだめなのだ。
口が勝手に動いた。
「ぼくが迷ってるのは都会の暮らしに適応できるか不安に思っているだけだから」
これ以上、ここにいるのは無理だと思った。
「本当に、そう思ってるのか、お前は、もう、いいのか」
「うん、だからタリモじいさんも、前に進まないと」
バックパックを背負って浮きのビニール袋を掴むと、ぼくは有無を言わさず、真っ黒い水の中に飛び込んだ。
ミーナは夜の海に飛び込むのをいつも怖がった。何がいるかわからないから、と。
そんなことないよと言って飛び込むぼくの勇気を称えて、いつも大げさな歓声を上げていたっけ。
世界の人すべてがミーナを忘れて欲しいと思った。
ぼくだけが彼女を覚えていて、この町で一人、苦しみ続けていたい。
そんなの無理だってわかっていたとしても。
「今日はありがとう」
水面に顔を出して、船上のタリモじいさんに声をかける。
「お前ならなんでもできるよ! だから心配すんな!」
「ありがとう!」
やがてタリモじいさんのボートが行ってしまうと、後にはライトポールの頼りない光と、海と、ぼくだけが残った。
なんでもできる。ぼくには無限の選択肢があって、好きなようにできるんだ。
でも、ぼくにはなんにも選べない。
だから、なんにもできないのと同じことだ。
ぼくは、どうしたらいいんだろう。
きっとミーナにつながっているはずの海の真ん中で、ぼくは一人だった。

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