財閥、系列、企業通貨――サイバーパンクにおける決済方法の現実味
最近ニンジャスレイヤーで「オムロ」や「ヨロシドル」といった企業通貨が登場した。一般に通貨は国家によるシンピテキ権威によって裏付けられていると感じられており、サイバーパンクにおける企業の独自通貨発行は企業が国家を超えた世界を印象付けるための効果的ギミックとして用いられる。
しかし一方で、サイバーパンクは近未来SFの一種であり、その社会は我々の社会の延長線上にあるという意識もある。ニンジャスレイヤーにおける社畜風刺はそれが我々の社会の延長にあるという意識のもとにあるだろう。ギブスン以来の世界観すなわち国際的大企業が国家の権威を上回る状態は、冷戦崩壊後の経済のグローバル化により現実化しつつあるといってもいいくらいであり、実際タックスヘイブン問題など国家がグローバル企業を捕捉できなくなる事態も生じつつある――サイバーパンクは、それが書かれた当時に対する「近未来」、すなわち今、一部は現実になりつつあるのだ。では、「企業通貨」も我々の社会の延長線上に出現しうるのだろうか?――その答えはイエスである。いや、すでにその萌芽は存在している。
通貨の要件1――決済能力
通貨、お金とは何だろうか。その要件を考えたとき、それを渡せば何かを買える(受け取れる)という機能、すなわち決済能力を有していることは最も根源的な機能になるだろう。現代では国家のシンピテキな機能によりただの紙切れを誰かに渡すとモノやサービスが受け取れると信じられているが、これは一朝一夕に成ったものではない。つい100年ほど前までは、通貨とは貴金属や生活必需品(コメやワイン)との引換証(預入証、貸出証、手形、為替)の形態をとっており、具体的なモノとの交換が保障されて初めて価値があると看做されていた。
そういった古典的な「引き換えられるものが保障されている証券」という形での企業独自の「通貨」発行は、実は今でも行われている。例えば、航空会社のマイレージや全国共通ビール券といったものはそれに該当する。引き換える商品を作る生産力と相談する必要はあるものの、これらは企業が自分の責任において勝手に発行できる「自社商品建て決済手段」である。マイレージや商品券は顧客の囲い込みを目的としていることが多いものの、Amazonギフト券やSUICA等のプリペイド決済手段は企業側から見て「無利子の当座資金をゲットできる」という金融的メリットもあり、発行者としての特別な利益を享受しているという点で通貨の性質を薄めたものと言っても良いだろう。
さて、ポイントやマイレージ、商品券の引き換え対象が、例えば「系列企業の売っている商品すべて」に拡大したとしたら、どうなるだろうか。三菱、三井、住友などの財閥はほぼ全産業にまたがって系列企業を持つが、その全てへの支払い全てに充当できる電子マネー、ポイント、商品券があれば――系列企業のエコシステムに頼って生活が成り立つのであれば、それらは事実上通貨として機能するだろう。ポイントカードから企業通貨までは遠い道のりではあるが、連続的なグラデーションを描き、人の生活を支えるエコシステムをどこまでカバーできるかで扱いが変わる。海外のサイバーパンク作家たちが国家を超える企業を出そうとしたとき、財閥(ザイバツ)や系列(ケイレツ)を持ち出し、全産業に進出してエコシステムを丸抱えしたときの企業通貨の可能性を見せたことは、まさしく慧眼と言えよう。
通貨の要件2――安定性と会計的規制
前段で示した引換券タイプの「通貨」は、世界各地の政権によりしばしば野放図に発行され、引き換えるべき実物の生産速度を超えるペースで刷られた結果決済(交換)能力を疑われ暴落(インフレ)するということを繰り返してきた。金本位制が貴金属不足(によるデフレ)で破綻しかけつつも20世紀後半まで一定の支持を集めたのも、そういった野放図な発行を恐れてのことである。先ほど述べたような企業通貨――グループ全体で使える商品券においても、グループ企業の一つが野放図にその商品券を発行してしたならば、引き換えるべき商品の生産が追い付かないという事態が生じうる。
金貨や銀貨の時代には公定コインの他に秤量貨幣や私鋳銭といったものもあり、これらは実際に現物が手に入るのでまだ規律が取れていたが、現在の不換紙幣はあくまで決済用の記号で、紙幣・帳簿上どちらでも私的に野放図に発行されると決済機能を大きく狂わせる。このため、この規律を、通貨偽造の犯罪化や、徴税とそれに結びつけられた厳格な会計制度で維持している(国家が通貨に保証する決済機能は租庸調や年貢に代わって納税できるという側面もある)。通貨発行が国家によるシンピテキ機能と捉えられやすい理由は、この法律による規律の強制力の部分にあるのだが、こういった中央集権的な権力なしに帳簿の規律維持を図れる可能性があるとして、近年「ビットコイン」や「ブロックチェーン」が話題となった。これらの仕組みでは、帳簿の不正操作・改竄を相互に監視しあう技術的基盤を用意することで“民主的に”規律が維持可能とされている。
ニンジャスレイヤーでは早速この新規技術が設定に取り入れられ、企業が国家を完全に上回って生活に必要なエコシステムを提供し始めた段階で、有力企業が相互決済の規律を維持するためにブロックチェーンによる相互監視システム「暗黒メガチェーン」を創設した、という設定が加わっている(ニンジャスレイヤープラス、月額490円)。
サイバーパンク世界での企業通貨の現実味
以上のように、サイバーパンクは生まれたときから「財閥(ザイバツ)」などあらゆる産業を網羅した巨大な経済エコシステムを持つ国際コングロマリットを想定してきたし、規律を維持する技術的基盤としての企業内統治や企業間取引でのブロックチェーンの導入なども新たな設定としてそれに加わっている。
21世紀の現代、世界の企業はますます国際化し、国家の法の網の目を抜けようとタックスヘイブンなどにもぐりこみ、顧客を自社製品に囲い込むべくポイント商法やギフト券で覇を争っている。ストックオプションでの賃金支払いも一般化する中、財閥(ザイバツ)共通ポイント・共通商品券で給料を受け取れば額面の20%を上乗せ――といったことが起きる可能性を完全に排除できる世界でもなくなってきたのではないだろうか。汎用の現金は自社製品が売れなければ不渡りを出しかねないが、自社製品専用引換券なら市場競争力の問題で不渡りを心配する必要がなく、同じ負債でも企業にとっては社債に比べ発行しやすいのは確かだからだ。
ニンジャスレイヤープラスはそういった現代的・挑戦的なサイバーパンクを惜しげもなく投下しているので、サイバーパンク好きには設定資料集だけでも月額490円の価値はあるのではないだろうか(宣伝)