現代貨幣理論(MMT)の非公認「101」その1の補足1?
前回のこの記事(現代貨幣理論(Modern Monetary Theory; MMT)の非公認「101」その1? )を見てくれた方の一人から,次のような質問が舞い降りてきた。(元々は,前回の記事に続いて「101」その2?を書くつもりでいて,しかも書く内容としては限定を加えてはいなかったものの,例えば「機能的財政」(Functional Finance)という話を「関数(函数)」(function)の話と結びつけて書いてみようなどと思っていた。)
>面白かったです。
明治政府はまず官吏への給与を支払うなどして政府IOUを民間に供給し、その後、民間における政府IOUの需要を作るために、地租改正をしたんでしょうか。(強調はこの記事の執筆者による。)
この質問に対して,この記事の執筆者なりの見解を示すというよりかは,ちょっとした資料を提供するという形で返答をしてみたいと思う。
1 地租改正?
おっっと!なにやらよくわからない単語が複数出てきているぞー(ありうる解釈の一つを先に封じておくことが,この引用に登場した方の名誉を毀損しないためにも必要であろう。つまり,この引用に登場した方が意味不明な言語を話しているというわけではなくて,その人にとってはもはや当たり前となっている単語を書いているというだけであると思われるのだが,初めてこの引用の文章を見た方にとっては,よくわからない単語があるということを言いたいのである)。例えば「地租改正」とか「IOU」とかである(地租改正が分からないと申すのか,この記事の執筆者は!と怒り心頭に思われる読者もいるかもしれないが,ここでは,一見当たり前に見えるような単語であってもその意味を改めて考えるということに,どうか意義を見出してほしいと思うばかりである)。そこで,「地租改正」という単語と「IOU」という単語に限定をして,これらの単語の概略を示していくこととする(経済学的には「供給」や「需要」という単語それ自体にも大問題を抱えているのであるが,より正確に言えば,「供給」や「需要」という言葉を使っておけば,真に考えるべき問題から目を逸らすことができるという意味で,この二つの言葉を無反省に使うことそれ自体に問題があるのであるが,ここではその問題については触れないことにする)。
まずは「地租改正」からみてみよう。
>nta.go.jp/about/organization/ntc/sozei/shiryou/library/05.htm
地租改正
質問を提起してくれた方が,別のところで「地租改正」について調べているものがあったので,この記事の執筆者もそこで引用されているサイトを検索してみることにした。そうすると,「国税庁」(National Tax Agency)のページがあらわれた。そのページによると地租改正とはおおよそ次のようなものだとなっている。
>地租改正は、新政府の財政基盤を確立するために実施されました。地租は、地券を交付して一律に課税する方式で、江戸時代に地子(年貢)を免除されていた武家地や町地なども課税の対象となりました。
地租改正事業は、明治6年の地租改正法の公布により着手され、同8年の地租改正事務局の設置以降本格的に進められ、同14年にほぼ完了しました。これにより土地の所有権が公認され、地租は原則として金納となりました。当初の地租は地価の3%で、後に2.5%に減額されました。(https://www.nta.go.jp/about/organization/ntc/sozei/shiryou/library/05.htm)(強調はこの記事の執筆者による。)
「地租は原則として金納となりました」と書いてあるが,ここで前回の記事に登場してきた「お金」の話を少し思い出してほしい。つまり「税金を支払うためのお金を発行しているのは,税金を支払うことを人々に要求している主体である」というお話を思い出してほしいのである。税金を支払うための手段を税金を支払うことを要求している主体(政府)が発行することなしには,当然であるが税金を支払うことはできないことに注意しよう。
(なお,地租改正という出来事それ自体に対する,参考書的説明については,以下に引用をしておくことにするが,それはこの記事を初めて読まれる方は,その引用部分を飛ばしてもらっても構わない。
「明治政府は,はじめ府・県からの収入のほか,大商人に賦課した御用金や太政官札・民部省札などの紙幣で財政をまかない,版籍奉還後は旧藩の貢租を受け継いだ。しかし,藩ごとに徴収方法・租率が異なり,米納のために換金に支障が生じ,豊凶により税収が変動するなど,不都合な面が多く,租税体系を根本的にかえる必要があった。そこで,1871(明治4)年には,さまざまな従来の貢租賦役を地租に統一することにし,翌1872(明治5)年には田畑永代売買を解禁し,地券を交付して,近代的土地所有権を認め,1873(明治6)年7月,地租改正条例・同施行規則・地方官心得書を公布して,地租改正に乗り出した」(安藤達朗『いっきに学び直す日本史 近代・現代【実用編】』東洋経済新報社,95ページ)
「地価とは,地券に示された公定の土地の代価で,実際の売買価格ではなかった。地価の算定は収穫高を基準にして行うものとし,3%が従来の貢租と同程度になるように勘案された。商品流通網が完備していない段階で金納になったことは,中小農民をはなはだしく不利な状態においこんだ。土地の売買が自由になり,かつ,租税負担者が耕作者でなく土地所有者とされ,しかも,小作料は現物納のままだったから,中小農民の中からは,土地を売って現物を負担する小作人となる者が増えていった。このように,地租改正は,政府にとっては租税収入の安定を意味したが,農民にとっては農民層分解が促進され,寄生地主制が成立することを意味した。/地租改正によっても,農民の生活は少しもよくならなかった。所有者のはっきりしない土地は没収されて国有地となり,農民の生活を大きく支えていた入会地が激減するなど,むしろ農民の生活は困窮した。そこで地租軽減を要求する農民一揆が各地で起こり,1876(明治9)年には茨城県・三重県に大規模な一揆が発生した。1877(明治10)年1月,政府も譲歩して,地租を地価の2.5%に軽減した」(安藤達朗『いっきに学び直す日本史 近代・現代【実用編】』東洋経済新報社,96ページ,/は段落の変わり目を示す)
「近代的土地所有権」とか「入会地(いりあいち)」などといった,この単語を巡るだけで十分な研究ができてしまうくらいに重要な単語が出てきているが,この記事ではそれを説明できない。なぜならば,この記事が「101」(入門講座,初級コース)であるということと,そもそもこの記事の執筆者がそこまで詳しく知らないからである。ご容赦願いたい。)
2 IOU?
次に「IOU」という単語について見ていくことにしよう。
https://www.collinsdictionary.com/dictionary/english/iou にある記述を引用すると次のように書いてある。まずは英語の説明をそのまま載せる。
>An IOU is a written promise that you will pay back some money that you have borrowed. IOU is an abbreviation for 'I owe you'.
これをdeepl翻訳で和訳させてみると次のようになる。
「借用書とは、借りたお金を返すことを約束する書面のことです。IOUは、「I owe you」の略語です。」
どうやら「IOU」という単語は「借用書」と訳されるらしい。訳語それ自体の吟味という話はこの記事ではしないことにするが,一つだけ指摘しておきたいことがあるとすれば,それは「IOU」は「I owe you」である,ということだ。どういうことかといえばそれは,二人の登場人物が「IOU」という単語を用いる際には前提とされているということである。簡単に言えば,私だけで「IOU」を発行することはできないし,あなただけで「IOU」を受け入れることはできないということだ。(ちなみに,「I owe you」という表現それ自体は,決して専門用語としてのみ使われるわけではない。例えば,「私はあなたに感謝する」という意味で用いることだってできるのだ。詳細は,https://www.rarejob.com/englishlab/column/20210320/ を見てほしい。特に次のように書かれている部分を指摘しておこう。
>I owe you.だけで「あなたには世話になった」という感謝の言葉にすることもできます。SNSではIOUという略語として使われることもあります。
>単なるThank you.とは異なり、「あなたがいろいろと助けてくれたおかげで」「あなたなしにはできなかった」という気持ちを込めた言い方になります。先生とのやりとりの中で、いつかぜひ実際にI owe you.を使ってみてください。
>oweは辞書で引くと「借りている」「義務を負っている」といった説明があり、なんだか難しい動詞のように思えてしまうかもしれませんが、実際には会話やSNSでI owe you one.(借りができましたね)、IOU(感謝)と気軽に使える表現です。さまざまなものを「負う」ことができるoweの感覚を身につけて、自分でも普段の会話の中で使ってみてください。)
「IOU」という単語について注意すべきことをもう一度述べておくと,次のようになる。
「借用書などと訳されている「IOU」は,私とあなた,などの少なくとも二者の関係がなければ意味をなさない単語である」
3 考えてみよう
この記事は元々,次のような指摘に対して書かれていたものであった。
>面白かったです。
明治政府はまず官吏への給与を支払うなどして政府IOUを民間に供給し、その後、民間における政府IOUの需要を作るために、地租改正をしたんでしょうか。(強調はこの記事の執筆者による。)
政府IOUというものは,政府が自ら発行するものである。政府IOUということが書かれていながら,その発行者が政府でないとすれば,その文言が書かれた紙は(あるいはデータは)「偽造」ということになる。(日本銀行券と明記されていながら,その発行者が日本銀行ではないとするならば,そのお金は偽札ということになり,その偽札を発行した人はもちろん,それが偽札であると気づいていながらそれを利用している人も,罪に問われることとなる。)「お金」という話をするときには,実は切っても切れない話題として「偽造」という者があるのである。言い換えると次のようにいうことができる。
「お金」の歴史とは「偽造」の歴史である,と。
この記事の執筆者は即座にありうべき懸念を先んじて解いておかなければならない。それは「偽造」することを推奨しているわけでは決してないということだ。だが現実問題として,お金が偽造されるということは問題として存在し続けているということを言いたいのである。
ああ,どうやら少しばかり脱線をしてしまったようである。元々この記事では「明治政府はまず官吏への給与を支払うなどして政府IOUを民間に供給し、その後、民間における政府IOUの需要を作るために、地租改正をしたんでしょうか。(強調はこの記事の執筆者による。)」という質問に対する話をしていたのであった。だが,この記事で答え(らしきもの)を書くことはせずに,この記事の執筆者を含めた読者との共有課題,ということにしておきたいと思う。
「101」(入門講座,初級コース)のつもりで書いているこの記事に対して,もっと入門的なところから書くべきだという指摘や,あるいは図や表を用いて説明を書くべきであるという指摘が来ることが予想される。それらの予想された指摘に対しては,努力を放棄するということを宣言するわけではないのだが,その指摘を踏まえることばかりに専心するあまり,逆に現代貨幣理論(MMT)の非公認「101」という当初の目的を忘れてしまうことを恐れるがゆえに,その指摘がすぐに反映されるということはないだろう,ということをここで正直に述べておきたい。
まとめに入ろう。この記事では「地租改正」と「IOU」という単語について触れるところから,前回の記事の補足を述べてみた。補足と言っても,何か積極的な(あるいは明示的な)解答を与えるという意味での補足ではない。そうではなくて,前提となる単語の確認という意味での補足を行ったのである。この記事を読まれた方々のさまざまな感想や意見を希望しつつ,この記事はここまでとする。See you soon!