CESをハックしよう! 〜スタートアップが注目したいトピック7選〜
毎年年始に、ラスベガスで開催される世界最大級のコンベンション「CES」。今後のテックトレンドを読み取る重要な場であり、消費者向けの最新テクノロジーが一堂に会するため「テック見本市」とも呼ばれています。2022年は初めて、リアル会場とオンライン会場のハイブリット形式となりました。
今回は、現地のラスベガス会場で参加したHEART CATCH・西村真里子氏と、オンラインで参加した博報堂DYホールディングス・加藤薫がそれぞれの視点から、スタートアップ企業にとって有用な情報をピックアップして、2022年の「CES」を解説します。
※こちらは、1月31日に開催された「虎ノ門ヒルズPresents西村真里子の“テック&パーティー!CES2022報告会」の内容を再編集しています。
●登壇者プロフィール
・株式会社HEART CATCH 西村真里子さん
国際基督教大学卒。日本アイ・ビー・エムでITエンジニアとしてキャリアをスタート。その後、アドビシステムズでフィールドマーケティングマネージャー、バスキュールでプロデューサーを経て2014年に株式会社HEART CATCH設立。ビジネス・クリエイティブ・テクノロジーをつなぐ“分野を越境するプロデューサー”として自社、スタートアップ、企業、官公庁プロジェクトを生み出している。2020年には米国ロサンゼルスにHEART CATCH LAを設立し、米国でのプロジェクトも進めている。
・博報堂DYホールディングス 加藤薫
戦略投資推進室 インダストリーアナリスト
1999年博報堂入社。営業職として菓子メーカー・ゲームメーカーなどの広告業務に携わった後に、2008年から博報堂DYグループ内メディア系シンクタンク「メディア環境研究所」にて国内外の生活者調査やテクノロジー取材に従事。2021年4月より現職。スタートアップ企業との連携を促進し、社会へのインパクトを創出すべく活動中。
コロナ禍の巣篭もり需要で生活者全員がレベルアップした
西村さん:今回、私は「CES2022」に現地参加しましたが、オミクロン株の影響で結構大変でした。
博報堂DYホールディングス(以下HDY)・加藤:そうですよね。無事に帰国できてよかったです。
西村さん:ありがとうございます。陰性検査を何度も受けて、なんとか帰って来られました。さっそく最初のテーマ「『CES2022』最大の注目ポイント」について、私から発表しますね。
毎年、CESを主催するCTAが「テックトレンド」をメディア向けに事前発表する場があります。そこで一番印象に残ったのが、「コロナ禍を経て生活者全員がレベルアップし、やっと21世紀型の生活になった」という話でした。
西村さん:コロナ禍の巣ごもり需要で、「綺麗な映像を見たいから4Kテレビを買う」「家の中でも仕事がしやすいようにグレードアップしたPCを買う」など、今までなんとなく使っていたものを、クオリティを意識して買い替える動向が出ていたそうなんです。
特に驚いたのが、スマートドアベル(インターホンがスマートフォンなどに繋がったプロダクト)。在宅中に配達の人が来る回数が多くなったからこその需要だと思いました。
HDY・加藤:近年は家が多機能化していますよね。パンデミックは「もっと便利にしたい」という欲求を生活者にもたらしました。一度便利になってしまうとなかなか元には戻れないので、私たちは、どんどん新しい世界に入ってきた感覚がありますね。
西村さん:これに関して、「テック格差が広がったのでは?」という考え方もありますね。
HDY・加藤:これまで新しいテクノロジーの普及の過程では、若年層や男性から入り、女性や高齢者に届くのはよりあとの方だと言われていました。
しかし、「パンデミックでその山がとうとう動いた」という考察を、博報堂DYメディアバートナーズのメディア環境研究所で以前に行いました。「先端層がさらに先鋭化した」のではなく、「最後に残された人たちがいろんなサービスに入ってきた」というほうが核心を突いていると思います。
サステナビリティが「本業」として語られるように
西村さん:加藤さんから見て、今年の注目ポイントはどこでしたか?
HDY・加藤:どの企業も、サステナビリティが前提になっていたところですね。
今までのサステナビリティの流れを振り返ると、2020年は一部の企業が言及し始め、2021年は社会課題に対して「弊社はこういうスタンスです」と具体的に言い出した。特に、アメリカと欧州の大企業が多かったと思います。
HDY・加藤:そして2022年にはサステナビリティがオプションではなく、本業として語られていました。日系企業もかなり積極的にアクションをしはじめ、ここ数年でがらりと印象が変わりました。
西村さん:今の話と関連して、私はSamsungの展示が記憶に残っています。プロダクトを買ったときに使用される梱包材が、子どもの組み立てられる知育玩具になる、など。ダンボールをどう再利用できるか。新しい展示でした。
HDY・加藤:Samsungは、基調講演の半分近くでサステナビリティの話をしていましたね。そうしないと本編に入らない、という話法のプロトコルがしっかりしていました。
西村さん:消費者がプレミアム思考になった今、スペックだけでなく、そういった企業態度も見られているのかもしれませんね。
HDY・加藤:そうですね。以前きいた話ですが、とある日本の大手消費財メーカーが、海外のインフルエンサーにコラボレーションのオファーを出したとき、「Co2排出削減についてどう考えているのか?」と先方から聞かれたのだそうです。そのスタンスを明確にしないとお付き合いできない、と。数年前まではこうした立場を明快にすることが苦手な国内企業も多かったように思います。しかし今年のCESでは日系企業含めて、大手グローバル企業は押し並べて、この点をクリアにしていたことが印象的でした。
生活者とヘルスケアを丁寧に繋ぐヘルステック企業
西村さん:ほかに、加藤さんはどんな分野に注目しましたか?
HDY・加藤:デジタルヘルスケア分野のAbbottが「今までの医療は中央集権的だったけれど、今後は分散化/民主化させていくんだ」と言っていたことです。いま分散化が様々なところでテーマアップされていますが、医療やヘルスケアも同じ構造なんですね。
HDY・加藤:病院に行くと、自分の症状をうまく伝えられないことがありますよね? このデバイスとソフトウェアが医者と患者の共通言語を作ってくれる、それを提供するんだと。健康をよりコントロールできるようにする力を生活者に与えたい、という思想でつくられたバイオウェアラブルデバイスに注目が集まっていましたね。
西村さん:ヘルステックの文脈だと、2015~2016年くらいに各社が、スマートウォッチをガジェット感覚でCESに出していた時期がありましたよね?
HDY・加藤:ありましたね。ファッション性を謳ったプロダクトが多かった印象です。
西村さん:いま流れが変わってきています。2022年はWithingsが、アメリカ食品医薬品局・FDAの認証を取ったスマートウォッチを出したんです。業界団体のルールが厳しくても、正式な認証を目指すスタートアップが増えていると感じましたね。
ガジェットとして「nice-to-have(あるといいもの)」だったところが、これを持つことによって健康になれる。つまり、ある人にとっては「must-have(なくてはならないもの)」なものになってきていて。
CESでも存在感を高める韓国企業の戦略に学ぶ
HDY・加藤:ロボティクス分野もインパクトがありました。これまでは家庭用コミュニケーションロボットが中心でしたが、今年は家庭内のアシスタントや移動用、産業用と用途が明確なプロダクトが増えて。
ここ数年、「AIのスタートアップです」ではなく「AIで〇〇を解決している会社です」と名乗る会社が多くなってきました。ロボティクス分野でも、技術がサービスの裏側にまわり、実装化の話が進んでいくのかなと思います。
HDY・加藤:特に注目が集まっていたのが、自動車のHyundai。これまで語られていた「デリバリーの自動化ロボットを作ろう」から、いや「動くモジュールの足をくっつければ何でも動くよね」という生活提案へ変えていて。ロボットを作るのではなく、何かをロボット化させる。これは新しいな、と。
西村さん:今回は、韓国企業が元気でしたよね。
HDY・加藤:全体で2300社が出展し、そのうちで韓国系企業は約400社だそうです。
米中関係の影響で、2020年からアリババやテンセントなどの中国の大手プラットフォーマー系列の出展がなくなりました。その分、韓国の大手企業やスタートアップの存在感が相対的に高まっているのかな、と。
HDY・加藤:あと、「DIGITAL SEOUL」を紹介していいですか?
西村さん:これは知りませんでした。どんなものなんですか?
HDY・加藤:これはソウル市のスマートシティのPRなのですが、面白いのは、点ではなく線で、CES来場者との関わりを設計しているところです。通常ですと、オフライン開催のコンベンションでは、ブース出展の会期中にPRの露出がMAX になるように戦略を練ることがどの企業も多かったと思います。
ところが、DIGITAL SEOULでは、今回のCESをデジタルイベントとして捉え、プレスや投資家と繋がり続けようというアプローチ戦略をとっていました。なんとこの1カ月間で5回のニュースレターが発行されています。
末尾には「このニュースに対してどう関わりますか?」という問いかけがあって、ベンチャーキャピタルとメディアという、それぞれボタンまであるんです。投資まで繋ぐのも手厚いし、オンラインを前提としたB2Bマーケティングの手法を「CES」に持ち込んでいたことが新鮮でした。
西村さん:細やかな対応をしていますね。
HDY・加藤:この戦略は、スタートアップがCESを活用する上でも大きなヒントになるのではないかと思います。
進展するフードテックとロボティクス
西村さん:リアル参加の立場としては、新しく開設されたフードテックにも注目しました。実際に試食できるのは現地の特権ですね。
西村さん:この写真は、選択した商品を1分以内に調理してその場で料理を出してくれる自販機「YO-KAI EXPRESS」。88種類のメニューの中から、私はとんこつラーメンを頼みました。熱々でおいしかったです。
HDY・加藤:写真でもおいしそうなのが伝わってきます!ちょうど、オンラインではフードテックとロボティクスをテーマにしたパネルディスカッションがあったのですが、「フードテックにおけるロボットは、フランチャイズビジネスと表裏一体」と話していましたね。
つまり、今までのフランチャイズは流通網と店舗が全てだった。しかし、その単位がロボットやスマート化された調理器具、店舗になっていく、と。それを聞いて、「なるほど」と腑に落ちました。
西村さん:実際に「YO-KAI EXPRESS」はすでに日本で3カ所、北米だと500カ所くらいに設置されていて、ある意味でフランチャイズ化しています。
今回、隔離期間を過ごしていたとき、ホテルでずっと冷や飯を食べていたんですよ。そのとき、「YO-KAI EXPRESSがあればいいのに」と思いましたね。フランチャイズモデルとして、ホテルや寮にはニーズがありそうな気がします。
また、リアル会場で体験できる点だと、スタートアップエリアに展示されていたEngineered Artsのロボット「Ameca(アメカ)」も面白かったです。
西村さん:来場者が「Hi!」と投げかけると答えてくれるのですが、質問の内容によっては「私には答えられないから、この近くにいるスタッフに聞いてね」と言うんです。アメカ自身が分からないことは人間に振っているんだ、と思っちゃいました。
コミュニケーションのクオリティはまだ分からないですが、表情が自然ですよね。
HDY・加藤:確かに。人間を模したロボットが陥ると言われる「不気味の谷」を越えた感じがありますね。
西村さん:私が見慣れたからなのかもしれませんが、コミュニケーションに違和感がなくて。友達になってもいいなと思えたり。
「メタバースの世界」でしかできない体験をどう作るか?
HDY・加藤:オンライン参加でギャップを感じたのは、やっぱり「メタバース」でしたね。キーワードだけがバズってしまって、いろいろな人が企業が考えた「メタバース大喜利」を見ている感覚に陥ってしまいました。
西村さん:実は会場内を歩いていると、あまり「メタバース」らしいものはなくて。もちろん展示の中にいくつか「メタバース◯◯」はあっても、まだまだ言葉だけだと感じました。
ただ、Samsungの「Decentraland」が仮想空間上の土地にバーチャルショップをオープンさせていたのは面白かったです。自分のアバターで入ると、サステナビリティの取り組みや基調講演を聞けたり、皆でダンスしたりしました。
HDY・加藤:せっかくの仮想空間ですし、来場者がオンライン上で密になれる演出は重要ですね。「メタバースの世界でないとできないような、コアの体験を何に設定するのか」が、今後の企業のメタバース活用をする際の課題だと思います。
2023への展望
HDY・加藤:かつて、2014年ぐらいに「IoT大喜利」状態になったCESというのがあったんです。今回のメタバースのようにバズワード化していた時期がありました。
実は、それを受けてすぐの2015年は「こうなったら便利だよね、暮らしにおけるバリューはこうだよね」と説得力のある生活提案を、各企業がたくさん持ってきていたんですよ。2023年はおそらくメタバースがそうなって、生活者にとっての価値や本質を捉えた提案が増えていくと思います。
西村さん:来年も「CES」がハイブリッド型で開催になるなら、オフラインのブースだけでなく、デジタル系の担当者も必要になってくる気がしますね。
HDY・加藤:そうですね。オンライン/オフラインどちらか、だけでなくて同じ重みで作っていかないと、グローバルコンベンションという場をフル活用できないことが、今年はっきり見えてきましたね。
西村さん:あとは最近のトレンドですが、オンラインイベントでもNFTで来場者チケットのように見せたりできる参加した証があるといいですよね。また次回に希望を持ちながら、来年の『CES』を楽しみに待ちたいです。加藤さん、またいろいろと話を伺わせてくださいね。
HDY・加藤:いえいえ。こちらこそ、ありがとうございました。
記事企画=博報堂DYホールディングス戦略投資推進室
(執筆=矢内あや 編集=鬼頭佳代/ノオト)