この一年で私たちの暮らしに誕生した「3つの新・生活空間」とは?
スタートアップ企業に出資をし、新しいビジネスモデルを創出することを目指して活動している博報堂DYベンチャーズ。同社が2020年9月に出資したルームクリップ株式会社では、住生活の領域に特化した日本最大級のソーシャルプラットフォームRoomClipを運営しています。この一年間のRoomClipのユーザー行動データには、新型コロナウイルスの影響による生活者の住まいと暮らしの変化が如実に現れていました。この分析を行なったルームクリップ株式会社 執行役員/RoomClip住文化研究所所長の川本太郎さんに、博報堂DYホールディングス戦略投資推進室インダストリーアナリストの加藤薫がお話を聞きました。
加藤
本日は、住まいと暮らしの領域に特化したソーシャルプラットホームRoomClipを運営されているルームクリップの川本さんに、生活者の変化についてのお話を伺っていきたいと思います。「実際に住んでいる部屋」の写真が投稿されているRoomClipですが、直近のプレスリリースによると月間ユーザー数が600万人、累計投稿枚数が500万枚を突破されたのですね。
川本
はい、この領域では日本最大級のソーシャルプラットホームになりました。我々としては、RoomClipはSNSプラットホームであり、バーティカルメディアでもあると捉えています。
加藤
そんなルームクリップに、2020年9月に博報堂DYグループのコーポレートベンチャーキャピタルである博報堂DYベンチャーズから出資したというご縁があって、今回のこの対談に至りました。まず、RoomClipのサービスの概況についてお聞かせいただけますか?
川本
ユーザー数の推移ですが、昨年頭は500万人ぐらいだったのが、緊急事態宣言直後は一気に増えて830万人まで伸び、現在は少し落ち着いて、600万人前後で推移しています。ユーザーのジェンダー割合は女性の方が多いです。特にデータが細かく取れているアプリのユーザーベースでいうと、9割くらいが女性ですね。典型的なユーザーのペルソナイメージは、だいたい30~40代の女性、お仕事をされている方もされていない方もいますが、総じて家の中で活動する時間が長いという特徴があります。主婦の方も多いし、育児や介護など、家族のケア責任を負っていらっしゃる方もいます。ユーザーに女性が多いというのは、まだまだ家の中を担っているジェンダーは女性であるという社会的な背景が、偏りも含めて良くも悪くもそのまま実態として出ていると捉えています。
加藤
サービスの特徴はどんな点にありますか?
川本
先日実例写真が累計で500万枚を突破しましたが、そのどの写真を見ても「人が住んでいる家の写真」だけというサービスは、非常にユニークだと思っています。というのも、汎用型のプラットホームで特定のブランド名で画像検索すると、店舗の写真が出てきたり、商品のアップの写真が出てきたり、いろいろな写真が混ざってしまうのですが、RoomClipでは、とにかく人が住んでいる部屋の写真、そのアイテムが使われているシーンの写真しか出てこないというのが特徴です。
加藤
生活者の暮らしが、本当に見えてくるのですね。そんな中、この春に「RoomClip住文化研究所」という組織を立ち上げられたと伺いました。
川本
ずっとこのサービスを運営している中で、ユーザー数が少なかった当初から「RoomClipの中で行われていることは、だいたい世の中全体に対して半年くらい先行している」という実感がよくありました。たとえば鋳鉄製の小さなフライパン「スキレット」を使った朝食メニュー。真上から撮ってハッシュタグをつけてアップ、という行動がSNSで非常に流行りましたが、実は最初に流行したのはRoomClip内でした。
さらに、もうひとつ例をお伝えすると、少し前にインテリアの大きなトレンドとなった「男前インテリア」というキーワードもRoomClipで生まれた言葉です。具体的に2012年の6月に生まれたというのも、データでわかっています。
グローバルで大規模なプラットホームではなくとも、住まい・暮らし領域に非常にこだわりを持っている人たちが「私はこんな工夫をしているよ」というのをみんなに見せる場所というのは本当にユニークで、そのようなRoomClipにはデータとして非常に有益なものがたくさんあるなというのは、もともとずっと感じていました。
加藤
特定のスタイルがいち早くうまれ、しかもそれが発見できる場になっているのは面白いですね。
川本
私たちとしては、生活者の情報や創意工夫が世の中にもっと流通することで、業界全体あるいは日本の社会全体に還元できるものがあるのではないか、だったらルームクリップという企業としてそういう活動を進めたいなというのが根底にありました。そこで、今回のタイミングで、サービスとしてのRoomClipが持っているユニークな定量・定性データを業界全体に還元することで、日本の住まいや暮らしがより良くなること、さらにマーケットが広がっていくということを目指し、「RoomClip住文化研究所」を今年の4月に立ち上げました。
加藤
写真が500万枚もあるというお話もありましたが、そういった写真に加えてコメントやハッシュタグ、「男前インテリア」のようなキーワードもそこから生まれている、と。そういったアクチュアルのデータを大切にされているということなのですね。
生活者側の暮らしの解像度があがる
川本
おっしゃる通りです。行動データが重要であるのと、さらにその写真にメタデータとして、メーカー名のデータだったり、購入できる場所へのリンクがひもづいているということがとても重要です。後から検索できますし。ユーザーは自分の家の写真を撮ったときにタグをたくさんつけるわけですね。そのタグって自分のライフスタイルの自己認識なんです。たとえば、以前は、住宅設備メーカーのタグって写真には全然付いていなかったんです。例えば百均ショップのタグと、DIYのタグはたくさん付くのですが、画像に写っている一番高いもの、たとえばシステムキッチンや、浴室そのもののメーカーのタグなんて全然付かなかったのです。これがちゃんと付くようになったというのは、写っている画像の中で、自分の生活の要素として生活者がきちんと認識したと言えます。そういう態度の変化もわかるというのは、すごく面白いデータだなと感じています。
加藤
そのようなタグがつきはじめたきっかけは、何かあるのでしょうか。
川本
実は、プロモーションきっかけというところがあります。RoomClipのサービスがはじまった頃、僕たちが住宅設備のメーカーに営業に行ってもなかなか相手にしてもらえませんでした。彼らのマーケティング対象の中心は工務店等のB2B向けだったためです。ところが2016年ごろからRoomClipのユーザーの中から新しい機運が生まれました。家を建てるときに様々なものの中から住宅設備や建材を選んでいく際に、もっとメーカーに目を向けようという流れです。そうなるとB2C向けの活動が重要ですね、ということがわかってきて、プロモーションの文脈で住宅設備のメーカーがRoomClipを活用する施策がはじまったんです。
初期の頃は、床材のメーカーが投稿キャンペーンをRoomClipでやるといっても、自分の家の床がどこの床材を使っているって誰も知らないだろうから、うまくいかないのではないかと懸念していたのですが、ユーザーは意外と楽しんでくれました。各自、設計図の仕様を見たりして、「今回調べてみたらうちの床はA社でした」「我が家はB社でした」などのタグ付きの投稿が増えてきました。そうやって自分の家の構成要素を確認していくといった行動に繋がり、新しい文化ができたんじゃないかと思います。
加藤
文化とおっしゃいましたが、まさにそのとおりですね。そしてRoomClipという場ができたことで自分の住まいがどんなもので構成されているかという、生活者側の暮らしの解像度もあがってきたということなんですね。
川本
それはあると思います。以前、インテリアも含めて20年くらいライフスタイル系の雑誌の編集に関わっている編集者の方に言われたのは、日本のインテリアって、これまでずっとナチュラルインテリア、カントリー、カフェ風ばかりで、インテリアのトレンドが10年単位でしか変わらなかったんだそうです。ところが、RoomClipができて、ファッションのトレンドに近くなり、トレンドサイクルが短くなってきた。今年の流行、来年の流行みたいなのが見えるようになってきて、ちょっとした差異でも私のテイストはこれって認識して言いやすくなったんじゃないかという声も聞かれるようになりました。
加藤
SNSによって、流行のサイクルが短くなっている、というのは、音楽を筆頭に、エンタメコンテンツ全般でも言われていることですが、それが住生活にも及んでいるというのは、非常に興味深いですね。
ユーザーの投稿データと閲覧データから、住まい、暮らし、社会の変化を考えたい
加藤
では、「RoomClip住文化研究所」が行った調査の話をお伺いしていきたいと思います。分析にあたって、元になっているデータをご説明いただけますか?
川本
いわゆる投稿データは、写真とそれにひもづくタグやコメント、販売情報などのメタデータがあります。またアクティビティデータとして、検索や閲覧いいね、保存などがあります。投稿者側のデータ、閲覧者側のデータと2つの側面から見ることができるイメージです。また、今後は、投稿画像の画像解析も取り組んでいきたいと考えています。
加藤
この調査では2021年の3月時点までの投稿や閲覧データをもとに分析されているんですね。
川本
はい。私たちの考え方としては、RoomClipを通じて見えてくる真ん中の、「住まいの変化」の円だと考えています。その手前に2段階くらいの変化があると思っています。大きく社会が変動しているからこそ、人々の暮らしというソフト面が変わり、その結果、ライフスタイルや生活、最終的に住まいの変化がありましたよ、という順番ですよね。我々としては、逆に、住まいの変化から、社会の変化までをさかのぼって捉えるということも、大きな活動のコンセプトになっています。一方で社会の変化を前提としていない住まいの変化というのもある。小さなトレンドのようなものですね。それはインパクトとして小さいから、住文化研究所がやることではないのかなとも思っています。
加藤
お聞きしていて、博報堂DYグループのシンクタンクの発想やアプローチに非常に近いと思って、強く共感してしまいました。そして、住文化研究所で分析と洞察をされた結果、「この一年の社会の変化によって、私たちの暮らしに3つの新しい生活空間が生まれた」というファインディングスがあったとのことで、順番に伺っていきたいと思います。
1. 衛生志向の高まりは、家の中にどんな空間を生み出したか
川本
この1年間のもっとも大きい変化としては、生活者の「衛生志向」の高まりが家の中に新たなスペースを生んだというところです。よくRoomClipでは、「この1年間の家の写真を10年後に見たときに、これは何年の家だねってわかる写真」があるという話をしています。
RoomClipユーザーからの投稿例
川本
これらはまさにその典型かなと思っています。この写真を5年後、10年後に見たときに、2020年から2021年の写真だとわかる。つまり、マスクを皆つけるようになった、家の出入りのときにアルコールでシュッシュと消毒をするようになった、こうしたことをやらないといけないんだけど、家の中の設備が整っていなかったから、DIYをしたり、他のものをもってきて、それができるようにしたというのが、この1年間だったのかなと思います。この写真が象徴的になっているように、マスクや除菌アイテムに関してのアクションが家の中で明確に増えていて、結果としてRoomClipのサービス内での投稿や検索も増加しました。アクションの事例も増えたし、それを求めている人も増えたというのがこの1年間だったといえます。
加藤
サービス側の定量データではどのような動きがありましたか。
川本
投稿と検索の数の推移を1年間で見ると、7倍くらい増加しています。もともと花粉症やインフルエンザの時期には衛生意識の高まりのトレンドもあったので、例年その時期にマスクに関しては多少の盛り上がりがあったのですが、この一年間の「7倍」という変化はかなり大きいです。あともう1つ、検索に関していうと、2021年に入ってちょっとした二つめの行動の山がきています。これは緊急事態宣言とも関係した動きですね。
加藤
こうした動きは一時的なものなのでしょうか?
川本
一時的には、代用やDIYという形でみえてきますが、そうした行動がRoomClipの中でみつかることは、メーカーにとってのチャンスがみつかることと、同じだと思っています。
川本
左側は、これは、アルコールスタンドは欲しいけど、おしゃれなものにメーカーが追いついていないから、まだ商品としてはない。だから別のもので代用していくという動き。メーカーが現在流通させている商品と、消費者のニーズがずれているから、自分でつくったり、他のところのおしゃれなものを持ってくる。今後、このあたりがメーカーから供給されて普通に備わってくると、これはちょっと古い写真になってくるかもしれません。
また、右側の写真ですが、ちょうどこの時期に家を建てていらっしゃる方が、ポーチに散水栓を予定していたのだけど、コロナ禍になって、玄関に入る前に手洗いができたほうがいいから、立水栓に替えた、という投稿です。家づくりそのもの、設備そのものが変わっていこうとするという、良い事例かなと思います。おそらく、来年、再来年はメーカーが考えた、きちんとした住宅設備にリプレイスされていくことでしょう。
加藤
清める、清潔化するといったことが目的の「Clean up スペース」とでも呼ぶべき新しい空間が、暮らしに生まれているということなんですね。
川本
一般的に支出の対象として「モノ」と「サービス」がありますが、「モノ」を買ったら大体家の中に置いておくしかないんですね。つまり人がお金を使う対象の多くが家の中においてある。何かが動いたら暮らしの中でそのものが置いてある場所も動いていく。それって今までは見えなかったものなのですが、RoomClipでそれが見えるようになってきた。今後の取り組みとしては、企業のマーケティングの役に立つかどうか、という視点で、そういう新しい「場所」「空間」というものがお見せできればと思っています。
2. おうち○○というタグの多様化にみる、自宅空間でのアクティビティの変化
加藤
「この一年の社会の変化によって、私たちの暮らしに3つの新しい生活空間が生まれた」ということで、2つ目のファインディングスに移りたいと思います。「おうち○○」というキーワードが見えてきたということなのですが、これはどういうことなのでしょうか。
川本
「おうち時間」にまつわる投稿を分析していたら、面白い現象がみえてきました。毎年毎年、いろいろな新しいタグをユーザーさんが作っています。変わったタグとか面白いタグがある中で、まず、「おうち」で始まるタグが、年間でどれだけ生成されているのかというところを調べてみたら見事に増えていたのです。
加藤
データでいうと、どのような形になったのでしょうか。
川本
「おうち○○」というタグが、これまでは毎年150種類前後で一定していたのですが、2021年の調査時点では2倍になった。例えば、「おうちアウトドア」みたいなタグ自体はもっと前からありましたが、それが部活になったりするなど、「おうち○○」は、バリエーションも含めてすごく多様化しました。そしてタグの種類だけでなく、それらまつわる投稿、検索ともにも伸びています。
家にいる時間が増えたことで、当然それらは伸びるのですが、さらに細かくみていくとこんなデータもみえてきました。「おうち○○」というのは、基本的に家の中でのアクティビティ、どちらかというと余暇を表す言葉です。投稿の推移をみると、2020年は4月より5月の方が伸びている。4月はおそらく「おうち○○」を楽しむ余裕がなかった。5月になってちょっと落ち着いたから、むしろ楽しむ余裕ができて、投稿が伸びたんじゃないか。そして、1年経ってみるとベースラインが高くなり、「おうち○○」という余暇は定着していっている。そんな形で捉えています。もともとあった家庭内のアクティビティが、より傾向として伸びてきたというのが、大きな特徴かなと思っています。
加藤
具体的な投稿データでは、どんな動きが見られたのでしょうか。
川本
左側の写真では、今年の初キャンプはリビングの「土間サイト」でしたというコメントがありました。「庭キャンプ」とか、そういう投稿がちょうど2020年の5月か6月の気候がよくなる時期に、キャンプデビューはおうちの中でしたみたいな投稿がすごく出てきたというのがある。もともとアウトドアは、皆さんもトレンドをご存じのとおり、ここ数年ずっとブームです。SNSで映えるスポットがたくさん出てきたことによって、「アウトドアがインドアに寄ってきている」とも言えますし、それこそアウトドア用品メーカーがマンションを建てたりするなど、かなり融合してきていた。それが「おうち○○」で加速されたのがこの一年なのかなと思っています。
加藤
家の中でのアクティビティという視点で、他にも気になるタグはありましたでしょうか。
川本
「宅トレ」という言葉はすごく広まった印象を受けています。左2つは、家の中でボルダリングをやっている。これは非常に特殊な事例かなと思ったら、データではそれなり数があったので、取り上げるに至りました。住宅情報誌の編集長の方に伺ったところ、ボルダリングウォールっておしゃれにできるから、一戸建てのインテリアのアイテムとして採用する人が実は結構いて、それがRoomClipで再発見されたという指摘がありました。ただの飾りになっていたけど、家の中にボルダリングがあるからやろうよ、という動きがでてきたと捉えています。
加藤
右側の写真も面白いですね。テレビの前のスペースが「宅トレ」のアクティビティ空間になったんですね。次の写真はなんでしょうか。
川本
いわゆるDIYまわりの投稿ですね。この一年で、DIYの復権がおきました。実は、DIYについては、RoomClipではこの数年下落トレンドだったんです。2012年に僕たちがサービスをローンチしてから2015~2016年まで、DIYのタグは「DIY女子」のブームとともに伸びた後、みんな飽きがきたというか、当たり前になりすぎてしまいました。それが2020年にバーンと戻った。そんなDIYのタグの中でも目立ったのが、「DIY初心者」「団地DIY」といった、「これまで諦めていたけどやっぱりDIY頑張ってみよう」という意味合いのタグです。「DIY」というタグ自体は前年比1.5倍くらいに戻ったのですが、「団地DIY」は5倍程度になったので特に顕著に伸びたと言えます。
加藤
DIYのなかでも、右側の写真のように家の外にあった「砂場」のようなアクティビティを、自宅空間の中にDIYする動きも興味深いですね。
川本
そうですね。似たようなものでいうと、エンタメとして家の中で消費する「おうち映画館」にも注目しています。
川本
また、消費するのとは別に、作る育てる系のアクティビティも増えました。たとえば庭づくりや園芸、 ぬか床を始めた、おうち菜園、味噌造りなどですね。これは印象値ではありますが、余暇の過ごし方が消費から生産に、といった時代の気分も言えそうだと、社内では話をしています。
加藤
私自身もまさに、ぬか床、水耕栽培、自家製味噌など、昨年ぜんぶ手を出していて、思い当たることしかないです(笑)。このあたりは、また違うキーワードでも語られそうですね。
川本
以前からあった「ていねいな暮らし」というものに、30~40代の女性がこのところずっと親しんできたのが、もう一度リバイバルしているという捉え方なのかなと思います。それが、コロナの間の「おうち○○」と相性がよかったのでしょう。
加藤
それでいうと、「ていねいな暮らし」をやりたい人たちのかたまりがある。そこでのハウツーの情報も溢れている。でも、実際にやりやすくなるという企業側からのアプローチは、まだまだ余地がありそうですね。
川本
実際にユーザーと話していて思うのは、育む、育てることってノウハウがとても必要なんだということです。企業側でそうしたことがサポートできないか、という視点で、例えばとある通販企業では、手作り系の商品について、RoomClipユーザー向けのワークショップを一緒にやりました。モニターキャンペーンをRoomClipでやって、同時刻にみんなにインスタライブにアクセスしてもらって、その商品の使い方について講師の先生が教えるという企画をやったら、非常に反応がよかったんです。ただ、商品を消費して終わるのではなくて、その後のサポートまで含めてやるなどして、個々のお客さんの活動がコミュニティにつながっていきやすいのだと捉えています。
加藤
「おうち○○」という、アクティビティの気運がある今だからこそ、取り組みやすいと言えそうですね。
3. 収納・整理整頓に「備蓄」が加わった
加藤
続いて3つめのファイティングスをお願いできますか?
川本
「蓄える、備蓄する」という行動がみえてきました。
もともと、収納まわりは、RoomClipの中で超人気トピックなんです。RoomClipの中にはユーザーさん主体の「部活」がたくさんあるんですが、「整理収納部」は一大勢力で皆さん自ら、整理収納アドバイザーの資格を取ったりしています。過去のデータをみてみると、2019年に収納についての検索の山がありますが、これはこのタイミングでRoomClipがとあるテレビ番組に取り上げられて、全体のアクセス数が増えたたことに起因します。こうした経緯からRoomclip全体のアクセスが増えると、整理収納まわりも伸びるという相関は、もともと把握していたのですが、新型コロナの影響の中で、さらに定性的な変化を把握するためにアンケート調査を実施してみました。整理収納の流れで、「コロナがきっかけで新しくつくった空間、改善した空間はどこですか」とユーザーに尋ねたときに、「食品のストックを収納するためのスペース」という回答が23%にのぼりました。
また、「食に関する習慣で新しく取り入れたものは何ですか」という質問には、40%の方が、「食品の買い置き、買いだめ、備蓄をするようになった」と回答をしています。回答者ベースでみると、全体のうち4割くらいの方が食品の備蓄を始めて、また全体の2割の人は備蓄のために新しくストッカーやパントリーのような空間を増設したと答えているということがわかりました。
加藤
これは、今年の春のデータですから、昨年の春の買い占め騒動のタイミング以降、こうした意識が定着してきたともいえそうですね。投稿データではいかがでしょうか。
川本
投稿では、日用品の備蓄を始めたというコメントがあったり、ペットボトルの収納場所と方法を変えて、メタルラックごと収納した、といった写真がみられました。ユーザーさんにインタビューベースで聞いて面白かったのは、実はまとめ買い自体はECサイトの定期便で以前からやっていたんだけど、そのスペースがぐちゃぐちゃだった。押し入れの中にペットボトルが置きっぱなしになっていて、なんとかしたいと思っていて、コロナ禍で時間ができたから、家の収納を見直すときに、これはなんとかしたいということでパントリーを作った、といった話を伺いました。
加藤
順番でいうと、もともとの備蓄志向が、コロナ禍でうまれた作業時間によって、実際の備蓄収納スペースの誕生という、目に見える空間の変化にあらわれたということですね。
川本
はい、コロナ禍がきっかけで、潜在的なものが顕在化したという感じがします。さらに、ここ10数年間、世界中でも日本でも、災害の激甚化が起きています。それに伴って、家の中で必要な生活用品をストックしましょうということで、国が「ローリングストック」を推奨する流れもありました。また、もう1つの流れが、定期便、といういわゆる通販の特典サービスですね。必要なものを定期的に届くという文化が、消費環境上整ったことも後押ししたのではないかと捉えています。
加藤
左の写真は、文字も含めて相当細かく投稿されていて、とても面白いなと思って拝見していました。ユーザーの皆さんの「このノウハウを伝えたい」という熱意を感じます。こうしたトレンドはポストコロナでも続いていきそうですか。
川本
収納はノウハウの塊なので、投稿されたユーザーさんも自分の頭の整理にもつながるのかなと思います。パントリーやストッカーといったキーワードそのものでは、今年3月の時点だと顕著な数字がまだ見えていないので、コロナ後に、空間としてどのように定着していくかは、引き続き分析していきたいなとは思っています。ただ、大きな社会変動の中でいうと、コロナ禍に加えて、災害の激甚化、インターネット通販環境の整備といった、3つの社会背景の結果なので、構造変化としては非常に定着しやすいのではないでしょうか。
新しくうまれた空間に対して、企業はどんなアプローチがあるか
1. Clean up スペース 清める、清潔化する
2. Activity スペース 遊ぶ、おうち○○活動
3. Storage スペース 蓄える、備蓄する
加藤
これまで、この一年で3つの新しい空間が生まれてきた、ということで、お話を伺ってきました。どれも、一時的なものというよりは定着していきそうという見立てをされていることも印象的でした。
私たちは広告会社なので、こういうデータを見ながら、では生活者に対してどんなアプローチがあるか、企業サイドではどんな使われ方がありうるか、と言ったところが大変気になるのですが、具体的なアイデアについて、こんなやり方で考えてみたいと思います。
加藤
博報堂DYグループではよく「アイデアの強制発想」という言い方をします。二つの要素の掛け合わせで発想していくやり方です。たとえば左側の縦のラインには、この一年で生まれた空間が3つ、記されています。「清める、遊ぶ、蓄える」というスペースが暮らしの中に生まれていくとすると、企業側は、まず「商品/サービス開発」だと何ができるんだろう、「生活活動提案」では・・・、「流通・販売」まわりでは・・・といった形で、この「空間×企業活動」のかけ算で、川本さんと「企業は何かできるのか」というイメージを膨らませていきたいと思います。川本さん、気になるセルはありますか?
川本
8番の、備蓄にあわせた生活活動提案は、工夫の余地がありそうですね。月初に大量に届いてストックスペースがいっぱいになり、だんだん減っていって、月末なくなって、また月初にドンと届くという、ちょっと変わった空間の使い方がうまれていますが、そのやり方にマッチした収納アイテムってまだないんですよね。右から入れて左から取る、みたいな形で仕組み化しないと、ずっと残るものが出てきてしまうのは、困る。日本人はそういう工夫が得意なので、なにかできそうだなと思ってはいます。
加藤
商品開発でというと、7番の領域で、「ローリングで消費」に合わせた押し出し式のケースとか、そういうパッケージをメーカーサイドが提供するというのもありそうですね。たとえばカートリッジ式の髭剃りと柄の関係のように、「ケースにぴったりあう商品を順番に消費していく」という行動が、別の日用品でも生まれそうですね。
加藤
Activityでいうと「遊ぶ」と「生活活動提案」の5のあたりはいかがですか? 紹介していただいた投稿写真の中に、土間スペースがありましたが、今まで、家の中に何にでもなる空間ってわりと少なかったのではないかと思います。
川本
土間自体は、もともと常に一定の人気はあって、それがちょっとずつ増えていっているという話は聞いています。完全なパブリックと完全なプライベートの真ん中の空間で、土足がOK、というイメージですね。RoomClipでDIYが全盛だった頃は、DIYをどこでやるべきか、みんな悩んでいました。ベランダでやるといっても、マンションのベランダでやると、木くずが大量に出たりしたら、それは大変。だから作業スペースが必要になってくるという意味では、土間だったりベランダをちょっと大きめに取ったりする。よく聞くのは玄関ですね。玄関をかなり広くしたり、ガレージを広くとる。そうして、家の中の作業スペースを求めた結果、男性が使っていた書斎という空間が、女性が使うアトリエに変化するといった現象も起きています。
加藤
間取りそのものが変わっていくということですね。
川本
そうですね、消費するのと違って、生み出す、育てる系のアクティビティをしようとすると、だいたい汚れます(笑)。水道が必要になったり、ちょっとかさばるものがあったりします。DIYブームの全盛期は、集合住宅の中に共用のDIYスペースがあります、といったDIYマンションを売りにしているメーカーもあって、あれは面白いと思っていたのですが、ポストコロナでは、そういうのも再び出てきそうですね。
加藤
外付けのアクティビティ空間のようなイメージですね。
企業が提供するのは「ユーザー同士のノウハウの流通をスムーズにする」こと
川本
これは販売手法にも繋がるかもしれませんが、商品を体験型のメニューにしていく、というアプローチは、すべてにおいて共通するのではないかと思います。売った後に、その商品を使った体験をコミュニティにしていくということは、昔から一部のブランドではありましたが、コロナ禍の期間を経て、はるかにやりやすくなりました。ワークショップをやるとなると、以前だったら実際に移動して集まってもらわないといけなかったことが、今だったら動画配信でもできるし、そこで完成したものをSNSでも共有できる。作った後共有してみようという行動は、アクティビティとしては広がりやすいし、それを前提にやれば、コミュニティとして廃れないと思います。
加藤
ちなみに部活のような形での「○○部presented by企業」のようなコミュニティのあり方は増えてきているのですか?
川本
これまでもずっとあるし、今、ますます皆さん旺盛にやっていらっしゃる印象です。さきほど話にでた「収納部」だけでなく、「食卓部」など、たくさんの活動があります。
加藤
企業がそこの楽しみやノウハウを提案したり、レクチャーするところも出てきているということですね。
川本
いや、そうではないんです。RoomClipでやる場合は、企業がレクチャーするというより、「ユーザー同士のノウハウの流通をスムーズにする」という観点の方がより重要かなと思っています。企業サイドのマーケターや商品開発の方が想定している使い方よりも、実際の暮らしではもっと多様なものが生まれています。生活者の方が一歩先を行っていたりする。「ちょっと聞かせてください」というスタンスのほうが、コミュニティづくりがうまくいっている印象があります。
加藤
それは、非常に重要な視点ですね。企業が「教えてあげます」じゃないんですね。企業側からすると、どうやってユーザー同士のノウハウが流通できるようにするのか、また、それを支援する仕組みをつくれるのか、そういうポイントに知恵をしぼったほうがよそうですね。
川本
サービスを運営している上で、意識していることがあります。一般的に、SNSでユーザーの投稿やUGCをシェアしてもらう際にどの欲求に訴えるのが効果的かという問いに、だいたい皆さん「自己承認欲求でしょう」と答えることが多いと思いますが。僕の経験上では、一番効くのは「貢献欲求」なんです。人のためになりたいという欲求は、思った以上に強い。キャンペーンを設計するときに、投稿してくれたら抽選で何名様に何万円当たりますというよりも、「あなたのノウハウを人に教えてあげてください」というひと言の方が、よっぽどみんな投稿したくなるし、おざなりじゃなくて良い投稿になるという実感があります。
加藤
貢献欲求という捉え方はおもしろいですね。コミュニティが健やかで長く続いていく設計につながりそうです。一方で、貢献したい人という人は、どのくらい出現するのかという疑問を持たれる方もいそうですが、RoomClipだと、その出現数が通常より多いのでしょうか。
川本
それはありますね。よくも悪くも結果論なのですが、RoomClipが成長していくなかで、例えばフォロワーがたくさん欲しい人、有名になりたい人、お金儲けしたいといった承認欲求ベースの人は、もっと大きいプラットホームに行きました。一方で、RoomClipに残る人達というのは、そのコミュニティが好きで、インテリアの写真をきちんと見たい人、住まいの写真を共有、シェアしたい人が集まったものが一定数まで広がって、そこから拡大したので、もともとそういう貢献欲求がある人たちがスタートの段階に一定数いたんです。また、サービスサイドのメンバー内でも、「僕たちは貢献欲求で運営していきましょう」と事あるごとに明言してきたので、それが10年間蓄積した結果というのはあると思います。
暮らしのデータ活用のこれから
加藤
生活者の実際の住まいの空間の中に、様々な企業の商品が置かれたときに、その商品が暮らしの中でどうワークするのか、どうやって見えているのかというところを、リアリティのある生活者目線で捉えることができるのはなぜなんだろう、とずっと思っていたのですが、それを可能にするRoomClipの構造の秘密がわかってきました。今後の展望について、お聞かせいただけますか?
川本
サービスとして、最近RoomClipショッピングという新しい機能をリリースしました。これはいわゆるソーシャルコマースという文脈になりますが、他ユーザーが教えてくれた実例写真を見ながらモノを購入するという体験をよりやりやすくし、加速させていこうという狙いがあります。でも、ただただ人の部屋からモノが買えるというだけではなく、たとえば自分の暮らしを参考にして人がモノを買うと、その人にポイントが付与されて、そのポイントを使って新しい商品を買うことができるというシステムを作っていこうと思っています。
加藤
それは新しいサイクルがうまれそうですね。
川本
意外とやっているところは少ないのですが、我々にとって重要だと思っているのは、何気なく暮らしている自分の家が、写真を撮ってRoomClipに置いておくだけで、誰かの役にたち、別の形で資産になっていくということです。ちょっとした創意工夫や自分で吟味して選んだものを、こんなものを選んだよ、これはここで買えますよというのをインターネット上にあげておくだけで、それを見て別の人の購買活動が生まれると、わずかだけど、そこから少しずつポイントが貯まっていく。それを使ってまたモノを買える。一部のインフルエンサーでそういう生活をしている人はいると思いますが、その仕組みはもっと幅広く民主化できるかなと思っていいます。あと何よりも、自分の家にあるものの情報を、他の人も使って「楽しいです」と言われると、すごくうれしいですよね。
加藤
さきほどの貢献欲求のお話にもつながりますね。
川本
単純にマーケットプレイス事業に乗り出したというよりも、日常の創造性を応援するというミッションを掲げてやっています。自分の暮らしが、他の人の暮らしを、自分のクリエイティビティが他の人のクリエイティビティを助けていくといった連鎖をつくるというところのピースとして、この事業を位置付けています。
加藤
また、RoomClip住文化研究所としては、次の活動はいかがでしょうか。
川本
バーティカルな領域って、国やカルチャーによって、すごく特性がありますよね。レシピ、外食、ファッションなどの領域で、日本ならではの文化があるからこそ、グローバルプラットフォームとは別にバーティカルで成立し、頑張っているサービスはたくさんあります。暮らしという領域で、それは我々もできるかなと思っています。
そうした中で、まずは、日本の住生活市場に即した面白いデータを出していくということが、住文化研究所でやりたいことです。一過性のトレンドを追いすぎないように注意しながら、最近、生活者の住生活ではこういう大きなトレンドあるんですよ、と言えるように、フワフワしていないものを出したいです(笑)。ファクトと市場のボリューム感があって、企業の方が見た時にこれは役に立ちそうだなと思ってもらえるデータをつくりたいですね。
加藤
冒頭にも伺いましたが、RoomClipで半年後の暮らしのトレンドがわかるというのはすごく面白いと思いました。この記事を読まれた企業サイドの方から、そういう生活者の分析調査をご一緒できませんかみたいなお話もでてきそうですが、そういったお付き合いも可能なのでしょうか。
川本
とてもウェルカムです。生活者という言葉を、僕たちも使わせてもらっているんですが、博報堂DYベンチャーズにご出資いただいたことや、今回のファインディングスも含めて、生活者発想というものは、つながるんだなと改めて思いました。
加藤
企業のフィロソフィーが繋がるって、なんだか嬉しくなりますね。本日は貴重なお話をありがとうございました。
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プロフィール
川本 太郎
ルームクリップ株式会社 執行役員/RoomClip住文化研究所所長
1983年神奈川県川崎市生まれ。2007年日本経済新聞社入社。大阪社会部を経て、消費産業部(現ビジネス報道ユニット)にて小売業およびインターネット産業の取材を担当。2013年Tunnel株式会社(現・ルームクリップ株式会社)にコミュニティマネジャーとして参画し、オウンドメディアRoomClip magを立ち上げる。2015年よりビジネス担当役員に就任。セールスチームを立ち上げ、住まい・暮らし関連の企業を中心にUGCのマーケティング活用を提案している。2021年にRoomClip住文化研究所を設立。プライベートでは男女二児の父で、「子供と暮らす」「植物のある暮らし」が家づくりのテーマ。
加藤 薫
博報堂DYホールディングス 戦略投資推進室 インダストリーアナリスト
1999年博報堂入社。営業職として菓子メーカー・ゲームメーカーなどの広告業務に携わった後、2008年から博報堂DYグループ内メディア系シンクタンク「メディア環境研究所」にて国内外の生活者調査やテクノロジー取材に従事。主席研究員として、これからのメディア環境についての洞察と発信を行う。調査分析と独自インサイトに基づく講演、寄稿など多数。2021年4月より現職。大きな産業再編が起こる中、幅広いインダストリーのこれからを洞察し提示することで、スタートアップ企業との連携を促進し、社会へのインパクトを創出すべく活動中。
※本記事は、“生活者データ・ドリブン”マーケティング通信からの転載です
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