ジョーブログ論 第2章
本章ではジョーブログ本人の魅力について語る。
よくジョーブログは人心掌握に長けている、ジョーブログには信者がいると言われる。
実際に「ジョーさん神っす」「俺もジョーさんみたいになりたいっす」という声はよく聞く。
では、彼等彼女等を惹きつけるジョーブログの具体的な魅力とは何なのか。
「カリスマだから」「そもそも誰かのようになりたいと思うことが間違い」と言ってしまえばそこで終わりなので、本章ではジョーブログの動画をもとにジョーブログの魅力を解説する。
ジョーブログが多くの人の心を惹きつける理由は、ジョーブログの、2015年11月28 日に公開された動画「ついに援交本番!?】援交女に説教してきた③(最終章)」での、弟の大学進学のために援助交際をしている女性に対するジョーのセリフに端的に表れている。
「お前、えらいよ」
「お前のやっていることは犯罪とも言えるけど、けどお前の価値観は間違ってないと思うで。弟を大事にしたいとか」
「やり方は色々あるからなあ。やり方はほかのやり方やったほうがええと思うけど」
「お前ええやつやな、ちょっとまたしゃべろマジで」
「はい、握手 頑張れよ」
「周りの奴らが助けてやってほしい。手を差し伸べてやってほしい」
ジョ、ジョーさんっ!!(号泣)笑
これです。要するに。
結局のところ、ジョーブログの魅力は挑戦するだとか、好きなことをやっているだとか色々あるのだが、多くの人から支持される一番の理由は、ジョーが誰とでも分け隔てなく接し、人を赦し、不遇な立場の人間、弱い立場の人間も関係なく万人を受け入れているということではないだろうか。
だからこそ、トークライブなどで、それまで一歩踏み出すことができなかったものの、勇気を出して足を運んだファンがジョーと話し、初対面で魅了されるのである。
しかし、誰しもがそうありたいと思うものの、それを文字通り実践するのは難しい。言葉だけなら美しい言葉は誰でも言えるだろう。しかし、ジョーブログの動画の中には、ホームレスの人と握手をしたり、ハグをしたり、同じ箸でまわし食べをしている描写がある。
実際、ホームレスの人と同じ箸で回し食べができるかと言えばなかなか難しいと答える人は少なくないだろう。
しかし、この行動こそが誰とでも分け隔てなく接するというジョーブログの言葉を担保し、ジョーブログのジョーブログたるゆえんなのである。
実はこれと似たようなエピソードが歴史上にも存在する。石田三成と大谷吉継の逸話である。
大名たちが集まり、一つの茶碗で茶を回し飲みしている中、重病を患っていた大谷吉継の顔のウミが茶の中に落ちた。他の大名たちがためらう中、石田三成だけがためらわずに飲み、大谷吉継はそのことに深く恩義を感じて秀吉の死後の関ヶ原の合戦でも劣勢の豊臣方に味方したという話である。
つまりは、人は弱い立場の時や、苦しい時に、分け隔てなく接してくれたこと、許してくれたことを忘れず、その人に一生ついていこうと思うのである。
ジョーブログ本人の魅力を語るにあたり、初稿はこの5倍くらいあって、本当は他にも語ることはたくさんあったのだが、1章に収めるには長くなりすぎたため、本章では思い切って割愛した。機会があれば別の章で語ってみたいと思う。
次回 第3章 ジョーブログの動画の魅力について語る
ジョーブログ論 第3章につづく
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