エグゼクティブ・コーチングの実践手法を学ぶ
以前ブックレビュー「一兆ドルコーチ シリコンバレーのレジェンド ビル・キャンベルの成功の教え」で、ビル・キャンベルがコーチとして、第一にマネジメントスキルの実践、第二に一緒に働く人たちとの信頼関係の創造、第三にチームの構築の仕方、最後に職場への愛を持ち込む方法の四つを提供した、と紹介した。特にビジネスでは敬遠されがちな最後の「職場への愛」はビルならではの持ち味だったのだと思う。
ビルが提供した四つのコーチングは一流のコーチだった彼ならではのスポーツ界、ビジネス界での経験に基づいたものであり、目指す方向や概念は理解できても具体的に我々がすぐに模倣できる部分は多くは無い。
そこで今回は二冊の書籍、「コーチングのすべて その成り立ち・流派・理論から実践の指針まで」と「エグゼクティブ・コーチング 経営幹部の潜在能力を最大限に引き出す」を読んでみたので、そこから我々がすぐにでも模倣・実践できそうな実践的な学びやガイドラインを抽出してみたい。
1.「コーチングのすべて その成り立ち・流派・理論から実践の指針まで」
本書はそのタイトルが示す通り、コーチングの全体観を理解するための教科書のような位置づけの本である。著者はICC(国際コーチ連盟)共同設立者のジョセフ・オコナーとアンドレア・ラゲス。三部構成になっており、第一部はコーチングの歴史、第二部はコーチングモデル、第三部ではコーチングの効果とその測定方法が紹介されている。
前書きにはこの本が「ハウツー本」では無く、すべてのコーチがコーチングという職業に対する見識を深め、クライアントに良い影響をもたらす存在になるための本である、と明示している。
まずコーチングとは何か?
本書ではコーチングはプロセス・コンサルテーションの一形態だと言う。プロセス・コンサルテーションとは「問題のある状況を改善するために、クライアントが自分の内的・外的環境に生じる出来事のプロセスに気づき、それを理解し、それに基づいて行動できるようになる関係を、クライアントと構築すること」と定義づけられる。ここでのコーチの主な仕事は「自分が問題を生み出す過程」をクライアント自身が理解する手助けをすることであり、コーチが問題を解決することでは無い。そのためにコーチは答えを与えるよりも、質問をする。
「クライアントが学習者になり、新しい視点で世界を見るようにならない限り、常に、親や教師、上司、コーチといった他人からのアドバイスに頼ることになります。」
「クライアントは問題の一般化ができるようになる必要があります。」
またコーチングは、自己の思考を省察し、社会的責任を負えることを前提としているため幼い子どもには向かない。また重大な精神的・身体的健康問題を抱えるクライアントには向かない。なぜならコーチングは心理療法でも、それに代わるものでもないからだ。クライアントはコーチに相談する前に、生活や仕事で自分の役割を立派ではなくても果たしている必要がある。
コーチは、クライアントの活動分野の「専門知識」を持つ必要は無い。実際にはクライアントは自分と同じレベルのマネジメント経験を持つコーチを求めているが、専門知識と経験はコーチにとって障害にもなりうる。なぜなら問題を教えてしまったり、問題の「空欄を埋める」ことになるからだ。コーチはむしろ「初心者の心」を必要とするといえる。
次にコーチングの結果はどう評価されるべきか?
本書では次の5つのカテゴリで評価する、としている。
①主観的評価:クライアントの体験
②学習:知識とスキルの変化
③行動:学習の結果としてクライアントが行うこと
④業績:個人の変化の結果として企業が達成すること
⑤ROI:投資収益率=(コーチングで得た金銭的利益-コスト)÷コスト
よく言われる社内研修の評価項目と似ている。
2.「エグゼクティブ・コーチング 経営幹部の潜在能力を最大限に引き出す」
本書はコーチングの中でも特にエグゼクティブ人材を対象にしたコーチングである「エグゼクティブ・コーチング」を扱っている。
そこではエグゼクティブ個人と組織での役割や状況の両面にフォーカスし、これらに対する複合的かつ高度な理解に基づいたコーチングが求められる。
本書の寄稿者は既にエグゼクティブコーチとして豊富な知識と実質的な経験を有する人達であり、彼らが学んできた教訓、一般原則、実用的なアドバイスを提供していく。
例えばクライアントの問題を理解するための一般原則が次のように提示されている。
1. 弱みは過去に強みであったものの乱用である場合がある。
2. 破壊的な行為でさえもそれらの多くは肯定的な目的に基づいている。
3. 型にはめた思い込みが非現実的な期待や矛盾を生む。
4. 過去の自己イメージが現実に合わない行動を生むことがある。
5. 違いを認識しながらつながりを保つことが効果的なリーダーシップを生む。
6. リスクを想定した上で実行する意欲とそれぞれの状況における責任をとる能力が進歩するためのカギである。
またクライアントとともに行動するための原則として次の7つが挙げられている。
1. 傾聴、そして傾聴、そしてまた傾聴
2. クライアントのあなたへの関わり方を観察する。
3. クライアントが今立っているところから始める。
4. クライアントのアイディアを生かし発展させる。
5. クライアントに欠けているものを埋める。
6. 実践的に仮説検証することで変化を生み出す。
7. 行き詰まったら、まず行動してみる。
コーチングでは会話が大切だが、逆説的な5つのガイドライン(一見矛盾に見えるようなパラドックス)を挙げている。
1. プロとしての距離を保ちながら温かくリードする。
2. 挑戦を促しながらも支援を忘れない。
3. ソフト(註:スキル)の前にハード(註:ビジネス状況の理解)を、ソフト(註:スキル)なものをハード(註:端的)に
4. クライアントの課題を明確にするために自分自身に集中する。
5. クライアントの問題の解釈に耳を傾けるが、それを単純に受け入れない。
コーチ初心者が犯しがちな失敗は
・先走った熱意がクライアントの内的葛藤を正視する機会を奪う。
・議論をコーチ個人に対する感情的なものとして受け取ってしまう。
・コーチの意見を早すぎる段階で伝えてしまう。
コーチが陥りやすい落とし穴としては
・パフォーマンス(業績・目標など)改善に関する提案を安易にしてしまう。
・コーチのもつ能力を超えたアドバイスをする。
・コーチの課題とクライアントの課題を混同する。
こうやって見てくると、コーチング、特にエグゼクティブクラスのコーチングにおいては、期待されている役割は大きいものであるし、コーチ自体が元エグゼクティブである場合は自らの成功体験を押し付けたり、ハンズオンなサポート提供をしないよう自戒や忍耐が必要であることがわかる。
またコーチングはプロセス・コンサルテーションの一形態というのも言い得て妙で、プロセス・コンサルテーションそのものが「情報購入型」(クライアントの特定の課題についての情報提供を行う)や「医師―患者型」(組織の診断及び問題発見とその解決策の提示を行う)とは異なるクライアントを支援する形のコンサルテーションであることを理解する必要がある。
エグゼクティブ以下のレベルへのコーチングにおいては時にはプロセス・コンサルテーションでは無いコンサルテーションをも要求されることがあるだろう。その場合は、時と場合に応じて柔軟にこれらの型を切り替えて対応していくことが良いのだと思う。
今秋から何名かのコーチングを予定しており、上記学びを活かして、また時には読み返しながら実践していきたい。
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